どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です

「来た。カーロ」
「え? なにが——」

 来たの、と聞こうとしたら、タルトが左に駆け出した。
 森の中だというのに、なんて機敏な動き!
 すると途端にカーロが私の頭を掴んでしゃがませる。
 これって、もしかして“狩り”?
 タルトは猟犬の役割なのだろうか?
 タルトが立ち止まって顔を向けた方を、私もゆっくり見てみる。
 すると凄まじい勢いで木々の間を大きな生き物が駆けてきた!
 あれは、ボアだ!
 ボアは猪に近い姿をした魔獣。
 猪と違うのは大きさと凶暴性。そして、その前身から薬の素材が取れるところ!
 特に牙は粉末にして水に溶かして使うのだが、少量で粉薬を丸薬に丸める“つなぎ”に使えるのでとても重宝した。
 内臓も乾燥させて粉薬にすると、生理痛などの鎮痛薬に使える。
 意外なのは目玉!
 この目玉に含まれる水分を抽出すると、水虫の薬に使えるのだ。
 普通の猪にはない魔力が含まれているせいだろう。
 もちろん水虫は日々のケアが大事です。
 清潔にして、通気性の高い靴——サンダルなどで足の湿気を溜め込まないようにしましょう。

「カーロ!」

 タルトが名前を呼んで木の上に跳ぶ。
 真っ直ぐ突進してきたボアは、タルトの登った木におでこを思い切りぶつけた。
 その衝撃で気が大きく揺れて、タルトはボアの上に落っこちる。
 あっ、と声をあげそうになるが、次の瞬間、カーロが火の矢をボアの耳の下に直撃させた。
 その威力は凄まじく、3メートル近いボアが5メートルは吹っ飛んだ!

「っ!」

 横からの攻撃で吹っ飛んだボアだが、そのボアの上に落ちてしまったタルトは!?
 私の頭を押さえていたカーロはすぐ立ち上がってタルトに駆け寄る。
 その後を追って、倒れたタルトを覗き込んだ。

「タルト! 大丈夫!?」
「……びっくりした。擦り傷」
「全然擦り傷じゃない!」

 めちゃくちゃ流血してる!
 私が叫ぶと、カーロが慌てて自分の服を破り、タルトが怪我をした左腕に巻き始めた。
 タルトの怪我は、左腕全体の袖が破けて血まみれ。ボアの毛皮は魔力が通っているため、非常に硬いのでこの有様なのだろう。
 止血は大切だが、血に砂がたくさんついていて清潔とは言い難い。

「! 血抜き、川……! タルト、川! 川!」
「え? ああ、血抜き」

 私も慌ててタルトみたいに言葉足らずになってしまったが意味は伝わったみたい。
 タルトはなんでこともないように自分の体の三倍はあるボアの牙を右手で掴み、引きずる。
 じゅ、獣人すごい。
 でも、やはり怪我は痛々しい。
 カーロがずっとオロオロしている。
 間もなく川に到着したので、私はすぐに川辺を見回した。
 やはりあった!

「ミーア?」
「そのまま待っていて! すぐに作るから!」

 私が川辺で採取したのは[デュアナの花]。その辺にたくさん自生する、いわゆる“雑草”に部類される花である。
 特に川辺に多く咲くので、あると思った。
 この[デュアナの花]、普通の人には雑草なのだが実はポーションの材料の一つ。
[デュアナの花]に水と魔力を配合すると、下級ポーションができるのだ。
 これは[デュアナの花]が魔力を得ると怪我も病も関係なく治癒の効果を発揮するためであり、中級、上級にもベースとして使用する。
 だから薬師にとって[デュアナの花]は雑草ではない。
 特別な、可能性を秘めた素晴らしい素材だ。
 きっと私の紋章が[デュアナの花]なのは、人を癒す薬を作るために進化したから。
 そう、思っている。

「【紋章】起動。下級ポーションの製薬を開始します!」

 手の甲に浮かび上がる[デュアナの花]の紋章。それにより地面に複数の円形を内包した魔術陣が浮かび上がる。
 作るのは下級ポーションなので、紋章の浮かんだ両手で円形の魔術紋を動かしていく。
 この円形の魔術紋は、薬を作るための機能をすべて備えており、道具のない場所でも薬を作ることができる。
 魔術陣はそれぞれの効果を持つ魔術紋の統括管理が役割だ。
 今回使うのは、お鍋と混ぜ棒の役割を持つ魔術紋。
 手前に移動してきたそれに、[デュアナの花]と川から吸い上げたお水を入れる。
 そしてぐるぐる回転かき混ぜ!

「ミ、ミーア? なにしてるんだ?」
「?」
「完成! さあ、腕を出して!」
「え?」

 魔術陣を地面から空中に浮かす。
 そして作ったばかりの下級ポーションをタルトの左腕目がけてソイヤ!

「わーーーっ!?」
「!?」

 二人の驚いた顔。
 タルトの悲鳴は無視。
 私お手製のポーションは、効果がすぐに現れるもの。

「……!? 怪我が、治った……!?」
「これは下級ポーション。材料は水と[デュアナの花]だけだから簡単にすぐ作れるの」
「ポーション? ポーションって薬か? ……薬って、作るのか?」
「つ、作れるよ?」
「でも、じゃあ、今の……? 魔術?」
「!」

 あ、いけない。
【紋章製薬】は私の固有魔術。
 私が生きていると崖の国の人に知られたら——スティリア王女に命を狙われるかもしれないし、若返りの薬のこともバレてしまう。
 し、しくじった!
 タルトの怪我を見て、冷静さを欠いた!

「あ、あの、こ、これは、その……」
「風聖獣様の加護! すげー!」
「! そう! 加護! すごい!」
「すげー!」

 ……と、いうことにしよう。うん。
 ちなみに、歓迎会はボアの丸焼きだった。すごかった。色々な意味で。
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