空を舞う金魚
渡瀬くん、渡瀬くん、渡瀬くん……!
ずっと忘れられなかった。忘れたふりをしようとしても出来なかった。恋をした振りをしようとしても駄目だった。
あの時から千秋の時計の針は止まったまま。渡瀬がねじを巻かないと動き出さない。渡瀬じゃないと駄目なのだ。渡瀬以外、考えられなかったのだ。
「全日空、00:50羽田発、フランクフルト行」
「……え?」
「渡瀬くんの乗る便。急げば間に合うかもしれない」
砂本の言葉にガタンと席を立つ。膝に置いていたナフキンが落ちたのにも構わず、千秋は小さなバッグを持った。そのまま店を飛び出る。テーブルでは砂本が椅子の背凭れに背を預けていた。
コツン、とヒールの音が聞こえる。
「ホント、お人好しすぎますよね、砂本さん」
テーブルに近寄って来たのは滝川だった。リングのサイズを砂本に教えたのは、砂本に請われた滝川だったのだ。
「好きなら引くことも出来るさ」