偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「ただいま、藍」


甘い視線と声に、一気に胸が高鳴った。


「まあ! 藍ちゃんの婚約者さん? イケメンねえ」


加納さんがうっとりと返答する。

スーツ姿ではなく、デニムにカーキ色の長袖シャツを身に着けている彼は一度着替えたのだろうか。

何気ない装いなのに目を惹きつけられる。


「いやだ藍ちゃん、婚約してたのなら教えてちょうだい」


「え、あの」


「最近やっと了承してもらえたんですよ」


ニッと口角を上げるその姿さえカッコいいなんて反則だ。


「……出張だったのに疲れていないの?」


素直に“お帰りなさい”を言えない私はどこまでも天邪鬼だ。


「藍が興味をもった活動に、俺も参加したかったからな」


さらりと返答されてなにも言えなくなる。

白い歯を見せる彼を直視できない。

この人には本当にかなわない。

婚約者同士で参加だなんて、まるで周囲に見せつけるみたいだ。


もしやこれも演技の一環なの? 


大好きな婚約者のため、仕事に多少無理をしても参加するというフリ?


その可能性に思い至った瞬間、心が信じられないくらい強く痛んだ。


「優しいわね、出張帰りに来てくれるなんて」


「三野さん……」


「うちの夫が栗本さんくらいの年齢のときは、仕事優先で私なんてほったらかしだったわ」


「そうそう、俺がいなきゃ仕事がまわらないとか変な使命感に燃えてねえ」


加納さんがここぞとばかりに相槌を打つ。
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