偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました

「藍、さっき……」


私を見て一瞬目を見開き、なぜかフイッと顔を背ける。


「あの、櫂人さん？」


「あらあら、藍ちゃんがあまりに可愛らしくて栗本さんが照れちゃったわ」


加納さんの声に、櫂人さんを盗み見ると耳元がほんのり赤く染まっていた。


「……そっちの作業は終わったのか？」


抑揚のない声に、慌てて返事をする。


「うん、さっき」


「藍ちゃん、栗本さんとリーダーのところに行って肥料をもらってきてくれない？」


「はい」


三野さんに言われて立ち上がる。

するとグイッと強く腕を引かれ、強引に指を絡められた。


「行くぞ」


なぜか余裕のなさそうな声にうなずく。

リーダーのいる場所はここから少し離れた、小学校の花壇前だ。

彼は人気のない小学校の裏側の道を足早に歩く。


「櫂人さん、ちょっと待って」


足の長さの違いを、少しは考慮してほしい。

上がりかけた息でなんとか声を絞り出すと、いきなり櫂人さんが足を止め、私に向き直った。


私を見つめる目にはなぜか不機嫌さが漂う。


「ねえ、どうしたの？」


尋ねた途端、広い胸にすっぽりと抱き込まれた。


二日ぶりに感じる櫂人さんの香水の香りと体温に、心拍数が一気に上がる。


「……あんな可愛い顔をするなんて、反則だろ」


低い、唸るような声が頭上から聞こえる。

強く抱きしめられているせいで身動きができない。


「しかもこんな、誰が見てるかもわからない場所で……なにを考えてたらあんな表情になるんだ？」


耳元で囁かれて、身体がビクッと跳ねた。

一番答えにくい質問をこの体勢で繰り出してくるあたりが本当にズルい。

これじゃ逃げられない。