偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
その後、活動を無事に終えてふたりで帰宅した。

玄関に入るなり、櫂人さんはまだ仕事が残っていると申し訳なさそうに私に告げた。


「こんな日こそ、ずっと一緒にいたいんだが」


心底残念そうに言いながら彼は、玄関ドアの前で私の髪を梳く。

いつもと変わらない仕草だけれど、その中に混じる甘さと本音に緊張する。


「夕食も恐らく間に合わないと思う。悪いが先にすませておいてくれるか?」


「だ、大丈夫。忙しいのに、一緒に参加してくれてありがとう」


「藍が好きなものや興味のあるものを少しでも知りたかったんだ。それに思いがけず嬉しい出来事もあったし、な」


柔らかく目を細める姿に、心臓が早鐘を刻む。


「行ってきます」


当たり前のように私の唇を掠め取って、彼は玄関ドアに手をかける。


「い、行ってらっしゃい」


「寝室の件、忘れるなよ」


さり気なく釘を刺して颯爽と出ていく後ろ姿に、声を失う。

まるで逃げ出すのも、誤魔化すのも許さないと言われているかのようだ。

どこか傲慢で物騒な気さえするのに、心の奥底がぽかぽかと温かい。

夜までにこの落ち着かない熱はひくだろうか。
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