偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「――お客様、申し訳ありません。現在斎田は昼休憩をいただいております」


休憩を終えて、業務に戻ろうとすると、同僚の困惑した声が聞こえてきた。


「でも、もうすぐ戻るってさっき聞いたんだけど」


「はい……あの、よろしければ私が代わりにご用件をお伺いいたしますが」


「いいえ、私は斎田さんにマスクを選んでほしいの」


呼ばれた私の苗字、そして聞きおぼえのある高い女性の声に、早足で接客スペースに戻る。


「お客様、お待たせいたしました」


「あら、斎田さん。よかったわ」


ニコリと目を細めたのは、上田さんだった。

その後ろで同僚が心配そうな表情を浮かべている。


なんで上田さんが、ここに?


これまでに彼女がハナ薬局を利用していた経緯はないし、この付近で見かけた記憶もない。


「風邪気味なのにマスクを忘れてしまったの。買おうにも種類が多くてどれがいいかわからなくて」


無邪気に話すが、口実だとすぐにわかる。

大抵の市販マスクにそれほど明確な機能等の違いがあるわけではないし、わざわざ当店で購入する必要もない。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


「いいの、ねえサンプルを見てもいいかしら」


そう言って彼女はカウンターから少し離れた場所にある、マスク等の陳列棚に向かう。
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