偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「尋ねたら、きっとこの関係は壊れるわ」


「藍……」


「白坂さんをやっぱり好きだと彼が気づいてしまったら? それこそ耐えられない。卑怯だって、臆病だってわかってる。でも今、私は身代わりなのかなんて怖くて確認できない」


声が震える。

小さなロッカールームの時計の針が進む。

職場で泣いてはいけないし、こんな場所で感情を高ぶらせてはいけない。

こんなのただの八つ当たりだ。

渚は心配してくれているだけなのに。


「藍の気持ちはわかる。でも本当にそれでいいの? 納得できない出来事を抱えたままで夫婦になれるの?」


渚の静かな声が心に響く。

つい先ほどまで幸せな報告を親友にしていたところだったのに。

なんでこんな展開になるんだろう。


「私は藍が一番大切だから、藍には幸せに笑っていてほしいわ」


「……うん、ごめん。考えてみる」


今はそれしか返答できない。

正直、心に余裕はなく、頭の中は情報を処理しきれずにいる。


「そうね、じゃあ私は先に戻るから。藍はもう少し気持ちを落ち着けてから来なさい」


こんなときでさえ冷静で気遣い上手な渚に助けられている。

扉が閉まり、ひとりになった私はこれから先の出来事を考えるべく、小さく息を吐いた。
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