偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「こ、れ……」


「こんな切羽詰まったような状況で結婚を申し込んですまない。本当は色々考えていたんだが、どうもしっくりこなかったんだ」


「え?」


「バラの花束や海の見える高級レストランとか、そういうものではなくて……俺にとって結婚は毎日の現実的な生活だから」


そう言って櫂人さんは私の左手をそっと長い指で握る。


「夢がないと藍は怒るかもしれないが、俺は藍とこれから先、何気ない毎日を積み重ねていきたい。家族になって、ふたりが安らげる家庭をつくりたい。だから、ここでプロポーズしたかった」


時間が止まった気がした。

五月には入籍するとは言われていた。

むしろそれが必須条件のようなものだった。

だからこそこんな風にきちんとプロポーズをしてもらえるなんて思ってもみなかった。

好きな人から結婚の申し込みを、夢見なかったわけじゃない。

けれど、私の立場ではありえないとあきらめていた。

それよりもこの人の妻になれるだけで幸せだと思っていたのに。


こんなのは反則だ。


だって豪華なレストランでの食事も、派手なサプライズも、凝った演出も好きじゃない。

豪華な贈り物が欲しいわけでもない。

ただ、好きな人と将来を誓い合えたらそれだけでいい。


なんでこの人は私の願いがわかるの?
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