偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
返答をしなくちゃいけないのに、きちんと答えたいのに、胸が詰まって声が出ない。

想いが溢れて、視界がどんどん滲んでいく。

無理やり出した声は嗚咽にしかならない。


「藍、返事を聞かせて」


目尻を零れ落ちた涙を、彼が拭ってくれる。

その温もりと優しさに益々涙が止まらない。


「……本当に、私でいいの?」


後悔しない?


ずっと心にため込んでいた不安を、短い言葉に託す私はどこまでも臆病だ。


「藍がいい」


迷いなく言い切る力強い声に、もうこの手を離せないと思い知る。

上田さんに言われた内容はまだ私の心を侵食している。

でも、今この瞬間、彼は私を選んでくれた。

それだけで十分だ。


やっぱりどうしても、私はこの人のそばにいたい。


たとえ身代わりだとしても。


彼をあきらめるなんて、もうできない。


溢れだす恋しさを声に乗せて、必死で返答する。


「よろしく、お願いします」


「それって……」


「あなたと結婚したい」


「藍!」


花が綻ぶような笑顔で、彼が私の左手を握る指に力を込める。


「ありがとう、幸せになろう」


その声に何度もうなずく。


大丈夫、これでいい。


間違ってない。


心の中で何度も呟く。

櫂人さんは私の左手の薬指に、豪華すぎる指輪をはめてくれた。

高級ブランドに縁遠い私でさえ知っている、有名なジュエリーブランドの指輪に今さらながら気後れする。
< 133 / 208 >

この作品をシェア

pagetop