偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「そうだね、行ってこようかな」


『栗本ホテルに勤務している友人に席の準備をしてもらっておくし、支払いも気にしなくていいからな』


「そんなわけにはいかないよ」


サービス精神過多な兄代わりの返答に目を見開く。

気持ちは嬉しいけれど、甘やかされすぎだ。

すぐに席を準備できるなんて貴臣くんはどれだけ顔が広いのか。


『俺の気が済まないし、それくらいさせてくれ。なにより今回の件が姉貴にバレたら叱られるのは俺だぞ』


「いや、いくらなんでもそこまでは……そもそも今、蘭子さんと貴臣くんは同居していないんだしバレないよ」


『甘いな、藍。姉貴はお前を実の妹のように大切にしているって忘れたか?』


「それとこの話は別問題でしょ」


私の返答に、貴臣くんはハハッと声を漏らす。

蘭子さんは今も洋館に住んでいるが、貴臣くんは都内でひとり暮らしをしている。

ちなみにこの完璧な兄代わりは血の繋がりのある兄以上に私のひとり暮らしを心配し、物件見学にも付き合ってくれた。

今では実家の両親も貴臣くんに全幅の信頼を寄せている。


『姉貴の千里眼をなめるなよ。姉貴はお前が可愛くて仕方ないんだ。事務受付担当者が急に退職したからって、強引にお前を就職させた人間だぞ』


「強引じゃないわよ。きちんと説明をしてもらったもの。就職活動が早々に終わって私としてはラッキーだったよ」


『……お人好しというか、押しに弱いというか、心配になるよ。お前、元々この職種に興味があったわけじゃなかっただろうに』


「そうだけど。今ではやりがいも感じてるし、渚にも出会えたし、蘭子さんには感謝してるよ」
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