偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
会場となるホテルは奇しくも彼と出会った栗本ホテルだ。

豪華で大きな宴会場は煌びやかな衣装を纏った人々や豪奢な装花で溢れている。

日常とはかけ離れた世界に、緊張を隠せない。

私をエスコートする、櫂人さんの優雅な身のこなしに目を奪われる。

彼が現れた瞬間から周囲の人々の視線を釘付けにしている。


「栗本副社長よ! やっぱり素敵ね」


「隣にいる女性は?」


「さあ、初めてお見かけするわ。栗本副社長は確か、白坂化学のご令嬢とご婚約されていたわよね?」


「あら、お見合いなさっただけでは?」


とぎれとぎれに聞こえる、悪意なき噂話のひとつひとつに心が縮む。

ここがこの人の住む世界、日常なのだと再認識する。

これから先、彼の隣に立ち続けるのならこれくらいで動揺していてはいけないのに。


「藍? どうかしたか?」


「ううん。少し緊張して……もし時間があるならお手洗いに行っても構わない?」


社長と彼のスピーチはもう少し後のはずだ。


「構わないが……大丈夫か? 一緒に行こう」


「すぐそこだし大丈夫。櫂人さんはここにいて。一緒に抜けたら目立っちゃうわ」


これは半分本音で半分言い訳だ。

この場から解放されてひとりになって、気持ちを少し落ち着けたい。

都合が悪くなるとすぐに逃げ出す自分の弱さをどうしたら克服できるだろう。
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