偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
心配そうな様子の彼を尻目にお手洗いに向かう。

洗面所で手を洗っていると、急に入口のドアが開いた。


「あら、お久しぶりね。主役がこんなところにいていいのかしら?」


「上田さん……」


「素敵なドレスね」


彼女はサッと私の全身に視線を這わせる。


「ありがとうございます。上田さんのドレスもとても素敵です」


必死に平常心を装って返答する。


「ありがとう。パーティーには小さい頃から出席しているから慣れているの。あなたは主役なのに堂々と中座するなんて常識外れもいいところね。櫂くんに恥をかかせるつもり?」


「すみません……」


刺々しさを含んだ視線が痛い。

彼女の正しい指摘に謝罪しかできない。


「私の忠告をもう忘れたの?」


カツンと彼女がヒール音を響かせて近づいてくる。

どこか鬼気迫るような雰囲気に嫌な予感がする。

それなりの広さがあるはずなのに妙に息苦しく感じる。

上田さんの細い指が備え付けのハンドソープに触れる。

彼女はそれをゆっくり私のほうに向けた。


なにをするつもり?


まさか、私にかける気?


ドレスが石鹼まみれになったら、パーティーには戻れない。

抜け出したとはいえ、戻らないつもりではないのに。


いったいどうしたら……!
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