偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
就職活動を始めた矢先に蘭子さんから薬局で働かないか、と誘われたのは幸運だったと今でも心底思っている。


『その台詞、姉貴が聞いたら泣いて感謝するよ。本当に藍が変な男にだけは引っかからないように願う』


「失礼ね、そもそも彼氏はもう何年もいないって知ってるくせに」


『藍は男心に鈍感だからな』


「私は貴臣くんみたいにモテませんから」


『あのな、人を遊んでるみたいに言うなよ。お前は強引に押し切ってくる男に弱いだろ。前の彼氏もそういうタイプだったし。友達からでいいって言われてさ』


脳裏に過去の恋人の姿が浮かぶ。

大学卒業後もしばらく付き合っていたけれど、お互い社会人になって、時間が合わなくなりすれちがう中で別れてしまった。

今さらながら貴臣くんの記憶力に感心する。


「……そうだけど、私なりに好きだったし大事だったよ」


『結局、友達以上に想えなくて別れたのにか?』


「よく覚えてるね」


『藍の初彼氏だったからな』


淡々とした兄代わりの声に小さく息を吐く。

昔の恋人を思い出す日すらほとんどない私は薄情なのだろうか。

小説やドラマのように誰かに恋焦がれる感情なんてものは、いまだ経験はない。

そもそも淡い初恋相手のスペックが高すぎたのかもしれない。

恋人はおろか想いを寄せる異性すらいない私とは違い、貴臣くんの恋愛遍歴は華やかで、短期で付き合ったり別れたりをよく繰り返している。

本人曰く現在恋人はいないらしい。
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