偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「あのね、栗本副社長は白坂さんに想い人がいるのは承知だったんでしょ? もし白坂さんをあきらめられないくらい好きなら藍と婚約なんかしないわよ」


「叶わなくとも一縷の望みをかけて、私と婚約した可能性だってあるじゃない」


「なんの望みよ? 冷静になりなさい。なんとも想っていない相手とわざわざ婚姻前に同棲する? 私なら絶対にお断りよ」


親友は呆れたように肩を竦める。


「漫画やドラマの世界じゃないし、そんな真似しないわよ。不安はわかるけど、栗本副社長の気持ちは栗本副社長にしかわからないの。勝手に決めつけちゃダメよ」


渚の助言が耳に響く。

受け入れたいと思うのにどうしても自信がもてない。

信じて、期待して、違っていた可能性を考えると怖くてたまらない。


「……私には櫂人さんがわからないの」


知らず知らずのうちに声が震える。

疑心暗鬼に陥っている自覚はあるし、渚に吐露する話ではないとわかっている。

それでも気持ちを吐き出さずにはいられなかった。


あのパーティーで目にした景色、人の様子、すべてが未知の世界のようだった。

隣に立つ彼を心から信じきれていないせいか、あの場で感じた不安の塊が心の奥底に深い闇を広げている。


「しっかりしなさい。栗本副社長は藍の婚約者でしょ。藍が向き合わなくてどうするの」


「わかってる。だからこそ今、婚姻届を出すべきじゃないと思う」


ずっと考え続けた自分なりの結論を口にする。


「本当にそれでいいの? 悪い方向に考えてしまうのはわかるけど、ひとりで突っ走ったらダメよ。藍はなんでも自分ひとりで抱え込む癖があるから」


わかった?と言われて小さくうなずく。
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