偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「ただいま……櫂人さんもお疲れ様。あの、早かったね」


「ああ、急いで仕事を片づけたから」


「そう、ありがとう」


ともに暮らしているのにどこか他人行儀な会話になぜか緊張する。

仕事中は穏やかだった鼓動が一気に速まる。


「着替えたらリビングに来てほしい」


「うん、わかった」


うなずいた瞬間、ふわりと頭を撫でられた。

思わず彼を見上げると彼の目が悲しそうに揺らいで見えた。


「櫂人さん?」


「……ずっとすれ違いばかりの生活で悪かった」


「ううん、仕方ないよ。私だって勤務時間が一定じゃないし……あの、着替えてくるね」


早口で返答し、うなずく彼を尻目に自室へと向かった。

扉を閉めて、その場にうずくまる。


ねえ、少しは寂しいと感じてくれていた?


心の中で問いかける。

膨らむ期待と不安に無意識に震える指をギュッと握りしめる。


きちんと心の内を彼に伝えるのよ。


決意を胸に、シャツワンピースに着替える。

心配をかけている親友や兄代わりに話し合いの結果報告も必要だと考え、スマートフォンをポケットに入れる。

リビングに向かうと、ソファに長い足を組んで座っている彼の姿が目に入る。

整いすぎた横顔からは感情が窺えない。
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