偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
『ああ、そうだな。お前の言う通りだ』


数秒前のはっきりした拒絶が頭から離れない。

嫌な予感ほど当たると、初恋は実らないとはよく言ったものだ。


「なんで、私じゃダメなの……」


呟いた声とともに涙の粒が床に落ちて丸いシミをつくる。

いずれこのシミが乾くように私の心のひび割れも治るのだろうか。

彼以上に好きになる人なんてこれから先もう、出会えそうにないのに。


ポーンと軽快な音が響いてエレベーターが一階に到着した。

急ぎ足でマンションの外に出る。

五月とはいえ日差しはずいぶんきつい。

飛び出してきたせいで、スマートフォンしか持っていない現状に気づく。


「バッグ、部屋の中だ……」


呟き、うつむいてマンションから足早に離れ、近くの商業施設に足を踏みいれる。

土曜の昼すぎという時間帯のせいか商業施設内は混雑していた。

自分の気分がとことん落ち込んでいるからだろうか。

目に映る、周囲を行きかう笑顔の人々、特に仲睦まじい恋人たちの姿に心が悲鳴を上げる。


ねえ、どうしたら好きな人と両想いになれるの?


なにをすれば同じだけの想いを返してもらえるの?


答えの出ない疑問ばかりが頭の中を占拠する。

羨望と孤独感を追い払うかのようにスマートフォンを握りしめる。

そのスマートフォンには先ほどからひっきりなしに櫂人さんからの着信がある。

同時にいくつものメッセージが送られてきている。

でも今の私にはそれを目にする余力がない。


自分で幕引きをしたくせに彼から最後通牒を突きつけられるのが怖いだなんて、自分勝手で情けないにもほどがある。
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