偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「すみません……助けていただけませんか?」


「私、ですか?」


唐突に話しかけられて驚く。

人違いかと思ったが、女性は真っすぐに私を見据えていた。


「突然お願いをして申し訳ございません。今から人に会う予定なのですが急に気分が悪くなってしまって……持病が悪化した可能性があるので、かかりつけ医を受診したいのです」


「えっ、大丈夫ですか?」


「はい、今はまだなんとか……」


帽子とマスクで表情などはわからないが、声は震えていてとても弱々しい。

もしやずいぶん酷い状態なのではないだろうか。


「フロントの方に声をかけて救急車をお願いしましょうか? ご家族や誰かに連絡を……」


「いいえ、ホテルの方に声をかけていただく必要はありません。タクシーに乗せていただけたら……」


「でもなにかあったら大変ですし、どなたかにご連絡をなさったほうがいいのでは?」


無理に歩かず、どこかに腰を下ろしたほうがよい気がして思わず口走る。

こんなとき、自分に医療知識がないのが悔やまれる。


「いえ、タクシーの中で自分で連絡いたしますので。お願いします、どうか今すぐ」


「わ、わかりました。あの、途中で具合が悪くなったらすぐにおっしゃってくださいね」


か細い声とは裏腹に鬼気迫る口調に気圧され了承する。

この女性を一刻も早くタクシーに乗せ、今後について考えなければいけない。

もし家族に連絡ができないようなら目的地まで私が付き添えばいい。

乗り掛かった舟だし、貴臣くんとお店にはあとで断りとお詫びの連絡を入れよう。
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