偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「藍!!」


大声で私の名を呼んで、駆け寄ってくる彼の姿に周りの女性たちが何事かと注目する。

もちろんその声は兄代わりにも届いていた。

状況把握に長けている貴臣くんは瞬時に、すべてを理解したようで私の手を取った。


「貴臣くん?」


「悪いけど、少しだけ藍は黙ってて。今はアイツに可愛い妹分を渡すわけにはいかない」


「え?」


「アイツは放っておいて帰ろう」


落ち着き払った様子で貴臣くんは、私の背に軽く手を添えて踵を返す。


「藍、待て!」


追いついた櫂人さんが、私の名をもう一度呼ぶ。

思わず立ち止まり、彼と向き合う。


「パーティー以来だな、栗本」


振り返って挨拶を交わす貴臣くんの声は、とても冷たい。


「……是枝さん、どうしてここに?」


問いかけに無言を貫く貴臣くんに、櫂人さんが眉間にギュッと皺を寄せる。


「藍と話したいんです」


「なんの話だ?」


「それは、直接藍に伝えます」


「姉の命令で俺は藍を迎えに来た。今後は直接姉に用件を伝えてほしい」


「彼女は成人していますし、是枝社長もあなたも彼女の保護者ではないでしょう」


「決めるのは藍だ」


そう言って、貴臣くんはいつもの優しい表情で私を見る。


「藍、どうしたい?」


逃げてはいけないとわかっている。

でも今は自分の心も見失って、なにが正解がかわからない。

こんな調子で櫂人さんと話し合ってもきっと冷静な判断は下せない。
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