偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
考えをまとめて、今入ってきたばかりのエントランスに足を向ける。


「あの、よかったら私の腕につかまってください」


「すみません」


礼を述べて女性は私の腕に遠慮がちにつかまった。

フロントに助けを求めるべきでは、と再度申し出たが頑なに拒否されたため、タクシー乗り場に向かった。

タクシーに乗りこむと、女性はホッとしたような表情を浮かべた。


「ありがとうございました」


「本当ですか? あの、もしよろしければ目的地まで付き添いますよ」


「そこまでしていただくわけには……本当にごめんなさい。迷惑をかけてしまって」


「いえ、困ったときはお互い様ですし、気になさらないでください」


「……それだけではないのです」


「え?」


そのとき、タクシー乗り場付近が急に騒がしくなった。

不意に背後に視線を向けるとひとりの男性がこちらに走ってくるのが見えた。


「ごめんなさい……!」


私に謝罪を告げ、女性は運転手に急いで車を出してくれるように伝えた。


「あ、あのっ」


ドアが閉まり、あっという間にタクシーが発車した。

走り去っていく様を私はただ茫然と眺めるしかできなかった。


「……急にどうしたんだろう?」


「――失礼ですが、今タクシーに乗られていた女性について伺えますか?」


「え……?」
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