偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
改めて目の前の男性を見つめる。

身体に合った濃いグレーのスーツはひと目で高級なものだとわかるし、左手首に覗く時計は言わずと知れた老舗高級ブランドのものだ。

それらをさらりと身に着けている。


「もしくは我が社のホームページを確認してください。スマートフォンはお持ちですか？」


「は、はい」


返事をして、肩にかけたバッグからスマートフォンを取り出す。

検索のため文字を入力しようとするが、非日常すぎる出来事に動揺しているせいかうまく操作できない。


「貸して」


そんな私の様子を見かねたのか、男性が隣から画面を覗き込む。

僅かに触れた肩の感触とふわりと立ち上った柑橘系の香りが心をざわつかせる。

近すぎる距離と伝わる体温に戸惑う。


――初対面の人にこんな気持ちになるなんて、いったいどうしたの？　


彼は私のスマートフォンを長い指で横から軽やかに操作する。

綺麗な形をした爪が目に入る。

指先まで完璧に整っているだなんて羨ましすぎる。


「確認して」


耳に響いた低い声に、慌てて意識を画面に集中させる。


【栗本ホールディングス　副社長　栗本櫂人(かいと)　三十歳】


検索結果には写真の掲載があった。

そこに写っているのは間違いなく隣に立つ男性だ。

思わず小さな息を吐いた。


「安心した？」


「はい。あの、ありがとうございます」


「免許証も提示したほうがいいですか？」


「いいえ、結構です」


自社のホームページに記載されている写真やほかのサイトの写真も同じものだ。

これ以上疑う理由がない。

そもそもこんな雲の上のような世界にいる人が一般人の私を誘拐する理由もメリットもない。
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