偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「では、一緒に来ていただけますか?」


画面を暗転させ、スマートフォンから指を離した副社長がもう一度私に確認する。

逃げられない、そう覚悟した私は小さくうなずいた。

嫌な予感を感じつつ、返されたスマートフォンが入ったバッグの肩ひもをギュッと力を込めて握りしめる。


再びホテル内に戻り、案内されたのは小さな応接室のような部屋だった。

落ち着いたベージュの壁紙に六人掛けのダイニングテーブル、その奥には小ぶりの応接セットが置かれていた。

部屋の隅々に生花が飾られていてとても華やかだ。

私にふたり掛けソファに座るよう促し、私の目の前のひとり掛けソファに彼が腰を下ろす。


「さっきお前がタクシーに乗せた女性は、白坂化学のひとり娘である奈緒美さんだ」


「白坂化学……」


栗本ホールディングスほどの規模ではないが、言わずと名の知れた大企業だ。


それよりこの人、急に態度が変わりすぎていない? 


しかも『お前』って、さっきまでの丁寧な口調はどこにいったの? 


まさかあれは人目を気にして、とかそういうもの?


「彼女と俺は今日、ここで見合いをする予定だった。だがお前が逃がした」


「えっ……」


ふとフロントや誰かに連絡するのを極端に拒否していた女性の姿を思い出す。
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