偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「へえ……お前の勤務先が今、なにに注力しているか知っているのか?」


「どういう、意味ですか?」


突然変わった話に首を傾げながら尋ね返すと、彼がゆっくりと唇に弧を描く。

蘭子さんが薬局を継いで以来ずっと力を入れているものはもちろん知っている。

男性や比較的若い世代の人も気兼ねなく使える、敏感肌用の基礎化粧品だ。


「是枝社長が化粧品開発に積極的に取り組んでいるのは周知の事実だ。自社の社員が俺と婚姻関係を結ぶのはお互いのメリットにもつながると思うが?」


「まさか……取引するつもり?」


ありえない展開に息を呑む。

頭の切れる人だろうとは思っていたがまさかそんな邪な手段を持ち出してくるとは思わなかった。

どこまで私を追いつめるつもりなのか。

とはいえ、蘭子さんは社員を犠牲にしてまで開発を進めたがる人ではない。

なにもかも割り切ってビジネスに利用しようとする副社長とは違う。

反論しようと口を開いた途端、追いうちをかけられた。


「お前に縁談を台無しにされたと正式に抗議もできるが?」


「だってそれは知らなかったから……! そもそも破談にするつもりだったのでしょう?」


私の必死の弁明に彼は片眉を上げた。

動じていないのが手に取るようにわかる。

大企業の副社長が立場の弱い一般社員を脅すような真似をするなんてどういう了見なの。


「……最低、ですね」


「そうだな。だがどうしても俺はお前が欲しい」

物騒な物言いには似合わない真剣な眼差しを私に注ぐ。

まるで請われるような口調に心がざわめく。

グッと頬の内側をきつく噛みしめる。


「……考える時間を、ください」


せめて冷静になる時間が欲しい。

勢い任せに返答をして再び後悔をするのはまっぴらだ。
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