偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
心なしか蘭子さんの声が弾んでいる。

期待を裏切るようで心苦しいけれど、この縁談にはなにひとつロマンチックなものはない。

彼は後継者としての立場を確固たるものにするめ、私は彼の婚約者候補を逃がしてしまった償いと勤務先に迷惑をかけないようにするためというお互いの利益だけだ。


縁談をずっと断ってきた、政略結婚を毛嫌いしている人がなぜ自ら結婚を選択するの? 


頭の中に幾つもの疑問が湧き上がる。

これが電話でよかった。

もし蘭子さんと対面で話していたらきっと取り繕った嘘に気づかれてしまう。


今でこそハナ薬局は安定した経営を続けているが、蘭子さんが事業を引き継いだときには様々な苦労があったらしい。

蘭子さんには小学生になるひとり娘がいる。

事業を愛娘に引き継ぐ未来を見据え、できるだけ経営を盤石なものにと努力する蘭子さんの姿を見てきた私には、この縁談が偽物だとどうしても言い出せなかった。

さらに驚くことに私の両親もこの縁談には反対していなかった。

栗本副社長は蘭子さんに連絡をした際に私の両親の連絡先を聞き、なんと私との結婚の意思を直接伝えたらしい。

両親は事の次第をすぐに確認しようとしたが、私から連絡があるまでは待ってほしいと彼が頼んだそうだ。


両親は彼のその心遣いに私への愛情の深さを感じ、ひどく感動したらしい。

どこまでも用意周到な副社長に開いた口がふさがらない。

どれだけ人心掌握に長けているのか怖いくらいだ。

もう何年も恋人はおろか、好きな人のひとりもいない娘を憂いていた母はこの縁談をとても喜んでいて、ますます逃げ道がなくなった気がする。
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