偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「……先ほどから斎田さんには失礼な物言いばかりで申し訳ないけれど」


困ったような表情を浮かべた夫人が私を見て、おずおずと口を開く。


「いくらなんでもこんな状況で斎田さんと縁談をなんて……説得力がないし失礼よ」


至極真っ当ない意見に心の中で盛大に賛同する。

どうかこの突拍子もない見合い話を持ち出した御曹司を止めてほしい。


「まさか。母さん、俺は先ほど恋焦がれていた、と言ったでしょう。俺がずっと捜していたのは藍です。藍が白坂さんに似ているのではなく、たまたま白坂さんが藍に似ていたんですよ」


『藍』


突然呼び捨てられた自分の名前に戸惑いを隠せない。


聞きなれた響きなのに、まるで違う音のように聞こえてしまうのはなぜ?


ドクンと大きな心音を響かせる自身の胸に、そっと片手を当てる。


「捜していたって……あなたたちは知り合いだったの?」


「いいえ。以前、藍に一度だけ会ったことがあるんです。そのときにひとめ惚れをしたんですよ」


……この人は本当に嘘がうまい。


すべて事前に説明されていた私でさえ、信じてしまいそうなくらいに。

だって私は過去にこの人に会った記憶なんてない。

これはただの作り話だ。

見惚れるほどの美麗な容貌に加え、嘘が上手な男性なんて、苦手以外の何者でもない。
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