偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
あっというまに期限の土曜日がやってきた。


待ち合わせ場所は前回と同じ栗本ホテルのロビーだ。

ハナ薬局は毎週土曜日、午前だけの営業になっている。

そのため待ち合わせ時刻の午後三時には十分間に合うが、向かう足取りは重く、進まない。

綺麗に磨かれた大きなガラスにベージュのレース素材のセットアップを着た自分の姿が映る。

今日の服装を決めるのも散々悩んだ。

この日を待ち焦がれていたと言わんばかりの気合の入った格好は避けたい。

かといって、相手の立場や場に相応しくない装いはマナー違反だ。

ふう、と小さく息を吐く。


「――早いな」


突如背中ごしに聞こえた低い声に足が止まる。

反射的に振り返ると、散々私を悩ませる男性の姿があった。


「栗本、副社長……」


「へえ、今日は前回とまたイメージが違うな」


ほん少し目を細める副社長。

どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

濃紺の細身のスーツが悔しいくらいにカッコいい。


「そうですか?」


「ああ、似合ってる」


端的な賛辞に、胸の奥がキュウッと締め付けられるのはどうしてなんだろう。


「とりあえず場所を移ろうか、婚約者さん?」


そう言って、自然な仕草で私の左手を取る。

長い指がそっと私の指に触れて、伝わる熱に心が乱れる。

颯爽とティーサロンに向かって歩き出す彼に、周囲の女性たちがあからさまな羨望の眼差しを向けていた。


「ねえ、あの人すごくカッコいい!」


「芸能人?」


「一緒にいる女性は恋人?」


囁く声が否応なしに耳に届く。
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