偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「そう、ですね。あの、私はなにをすればよろしいでしょうか?」


「仕事関係の段取りは俺と是枝社長で済ませる。正式にご挨拶をしたいからご両親のご予定を確認してくれないか」


「わかりました。あの……今すぐ結婚するとかではないですよね?」


「手筈が整い次第入籍するつもりだが、なにかあるのか?」


私の質問を訝しむかのように彼が問い返す。


「あ、いえ……特になにも」


機械的に粛々と進みそうな現実に若干戸惑っているとは言い出せなかった。

多忙な彼はこの後も仕事の予定があるという。

まるで商談が終わったかのような冷静な態度に、心が軋む。

その僅かな痛みを振り払うかのように手早く帰り支度をして席を立つ。


「自宅まで送る」


「いえ、大丈夫です。買い物もあるので」


咄嗟に嘘をつく。

今はどうしてもひとりになりたかった。


「ひとりで? どこに行くんだ?」


「あ、ええと、すぐ近くのデパートに」


今日はもう疲れたし夕食用のお惣菜でも買おう。

こんなときこそ、いつもより少し豪華で美味しいものを食べよう。


「行き先はそこだけか?」


うなずくと、なぜか眉間に軽く皺を寄せている。


「それならいいが……暗くなる前に帰れよ」


まるで子どもに言い聞かせるような物言いに首を傾げる。


まさか夜遊び好きだと思っている? 


それとも今後散財されるかと心配しているの?


幾つかの疑問が浮かんだが口にするのが憚られた。

今日はもうこれ以上、口論じみた真似はしたくない。
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