偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「いつまでも戻られないのでお迎えに参りました。はじめまして、斎田様。私は副社長秘書の真木と申します」


縁なし眼鏡をかけた細身の男性が穏やかな声で名乗る。


「は、はじめまして、斎田藍と申します」


頭を下げると、頭上からはなおも不機嫌そうな声が響く。


「まだ時間に余裕があるだろ」


「万が一がありますから。斎田様、どうか頭を上げてください。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。」


その言葉にゆっくりと頭を上げると、副社長がそっと長い指を伸ばし、再び頬に触れた。


「邪魔が入ったが、また連絡する。藍、気をつけて帰れよ」


そう言って彼は私の頬に小さなキスを落とした。

突然の柔らかな感触にひゅっと息を呑む。

引いたはずの熱が再び込み上げる。

困ったような表情を浮かべた真木さんを尻目に、彼は颯爽と去っていく。

小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、そっと震える指で頬に触れる。


「なんで、こんな真似……」


どうして私がまるで恋人のように振る舞うの?


独り言のような私の問いかけに、答えてくれる人はいなかった。
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