偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
いったいなにを言い出すの?


たった今、世間への評判を口にした人の台詞とは思えない。

彼の本心が理解できず困惑する。


『藍?』


「は、はいっ」


私の動揺を見透かしているのか、電話の向こう側からはクスクスと声が漏れている。


『お前は俺の想いをもう少し信用しろ。藍、そろそろ自宅に着いたか?』


「はい、もう目の前がマンションです」


『わかった。ああ、それと婚約者なんだからいい加減敬語はやめるように』


「いえ、でも副社長は年上なので」


『……副社長?』


一転して不機嫌な声が耳に響き、慌てて言い換える。


「か、櫂人、さん」


『そう、間違うなよ? 明日敬語を使ったらお仕置きだからな』


「待ってください。そんな急に……」


『そうでもしなきゃお前は直さないだろ』


しれっと言われて返す言葉がない。


『また明日な』


先ほどまでの強引さが嘘のように穏やかな声が通話を締めくくる。

普段は素っ気なく、些細な出来事に渋面を浮かべるのに、時折優しい声を私に向ける。

その度に私が戸惑って、心拍数を乱しているなんてきっと彼は知らない。

なぜ副社長の小さな仕草ひとつ、声の調子ひとつにこれほど翻弄されるのかわからない。


「……しっかり、しなきゃ」


自嘲気味に呟いて、自宅マンションのエントランスへと足を踏み出した。
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