偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「俺以外の男に防備な姿をさらすのは、面白くない」


骨ばった指がいたずらに私のおくれ毛を弄ぶ。

背中にはしる甘い痺れにどうしていいかわからない。

妖艶な眼差しに真っすぐ射抜かれて、暴れ出す鼓動を抑えられない。


「ふ、普通のありふれた髪形です」


「それでも、だ」


迷いなく言い切るこの人はいったい誰?


「……似合っているから仕方ないが」


自分に言い聞かせるように呟いて、当たり前のように私の指に自身の指を絡める。

長い指に包み込まれて、心が落ち着かない。

車のそばまでくると、助手席のドアを開けてくれた彼に乗車を促された。

車に疎い私でさえ知っている有名な高級外車に気おくれする。

建前上の婚約者の私をどうしてこれほど大切に扱ってくれるのだろう。

日常ではありえない事態の連続にパニックを起こしそうだ。

副社長にとって“当たり前”の世界に一般市民の私が溶け込める自信はない。

彼は価値観の違いに不安を抱かないのだろうか。


「……ご自身で運転されるんですね」


黙り込んでいたら後ろ向きな気持ちにとらわれそうで、無理やり口を開く。  


「二回目」


「え?」


「敬語」


「い、今のは普通の会話です」


「そうか?」


クスクス声を漏らす姿が恨めしい。

絶対にからかわれている。
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