偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「どこに、行くの?」


今度は間違えないようにと意識して問いかける。


「藍のドレスを見に」


「ドレス?」


「プレス発表があると聞いていないか?」


「それは、知っています」


化粧品開発の提携に伴う記者発表があると先日会社で耳にしたばかりだ。


「そこで俺たちの婚約発表がある」


「聞いていません!」


「今、初めて言ったからな」


動揺ひとつせず滑らかに運転しながら、口にするこの人は本当にずるい。

信号が赤に変わり、車がゆっくりと停止する。


「三回目」


そう言ってゆっくりと彼が私に向き直る。

距離の近さに驚いて、思わず身体を引こうとするが副社長が腕を伸ばしたほうが速かった。

骨ばった指が、強引と思える仕草で顎を掬う。

それなのに私に触れる指先は泣きたいくらいに優しい。

瞬きすらできずに固まる私に、副社長の端正な面立ちが近づく。

唇に触れる柔らかな感触に息をのんだ。


「お仕置き」


吐息すら感じる近い距離で、ほんの少し唇を離した彼が囁く。

二重の目を縁どるまつ毛は信じられないくらいに長い。


「な、んで……」


キス、するの?


「三回目までは許すって言っただろ?」


色香のこもった眼差しから目を逸らせない。


「これから先、俺に関する事柄で藍に関係ないものはない。逆も同じだ」

 
どういう意味?


答えを尋ねようと唇を開いた途端、再び塞がれる。

さっきとは比べ物にならないくらい熱く、長いキスに頭が痺れる。

名残惜しそうに唇を離されたときには、頭が真っ白になっていた。
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