偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「残念、時間切れだ」


どこか悔しそうな副社長の声にハッとする。

甘い視線を私に向けて、再び彼は何事もなかったかのように運転を再開する。

動きだした車に、信号が青に変わったのだと遅れて理解する。


こんな場所でキスをして、誰かに見られたら困るとか、恥ずかしいとか考えないの?


なによりも。



どうしてキスするの?


私を好きではないでしょう?


火照っていく頬とは裏腹に、冷えて硬くなる心がつらい。

大事な質問はなにひとつ口にできないのに、状況に流されて翻弄されっぱなしの自分が嫌になる。

思わず噛みしめた唇に力が入る。


「傷になるから噛むな」


反射的に見た彼の横顔からは表情が読み取れない。


「俺とキスするのがそんなに不快?」


「いえ、あの……」


どう答えていいのかわからない。

嫌じゃなかった。

驚きはしたけれど、なぜか不快な気分にはならなかった。

でも自分の感情に戸惑って、気持ちの伝え方がわからない。

キスの経験も、異性と付き合った過去だってある。

でもこれほど心が乱される男性に出会った経験はない。

彼を好きなわけじゃない。


なのに、これほど心が乱れる私は、この場をどう乗り切ればいいの?
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