偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「偶然ね、お買い物?」


「ああ」


「それなら声をかけてくれたらよかったのに。私もここに来たかったのよ」


女性は目の前にあるビルの入り口に視線を向ける。

このビルには幾つかのテナントが入っている。


「綾の予定を、なぜ知る必要がある?」


「もう、冷たいんだから。ねえ、今度櫂くんがよく行くお店に連れて行ってよ」


女性は拗ねたような声を出し、私をじっと見つめてきた。

鋭い視線に少したじろぐ。

そんな私の小さな躊躇いを察したのか、彼女が口火を切った。


「はじめまして、上田(うえだ)綾です。櫂くんの幼馴染みです」


「あの、斎田藍と申します。はじめまして」


「俺の婚約者だ」


補足するかのように彼が告げる。


「……母から櫂くんの婚約についてこの間聞いたわ」


上田さんは値踏みするような視線を私に向け、口を開く。

彼と絡めた指をジッと凝視されて、居心地が悪い。

思わず指をほどこうとすると、櫂人さんにさらに力を込められてしまった。


「櫂くん、お見合いも結婚も煩わしいだけだってずっと言っていたのに、どうして急に気持ちが変わったの?」


あくまでも無邪気さを装って尋ねる上田さん。


「藍に出会ったから、それだけだ」


「……へえ、斎田さんがそんなに好きなの?」


「ああ、好きだ」


迷いもせずに言い切られて、鼓動が大きな音を立てた。
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