偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「なんで、そんな……」


「婚約者を想うのは当たり前だろ? 触れたいし、抱きしめたい。独り占めしたい。さっきのキスの答えだ」


突然の告白に理解が追いつかない。


キスの答え?


待って、それって……。


「教えろと言っただろ? 俺は答えた。どう受けとめるかはお前次第だ」


私に裁量を預けるような言い方をしないでほしい。

ここから先、なにを尋ねればいいかわからなくなる。


「あ、の……」


「無理に答える必要はない」


厳しい口調とは裏腹に私を覗き込む目はとても優しい。


「……行くぞ」


返事を聞きもせず、何事もなかったかのように櫂人さんは私の手を引いて歩きだす。

相変わらずこの人は自分の意見とペースを押し通す。

けれど今は、逃げ道を与えられたのかもしれないと、遅れて理解する。


「あれ、斎田?」


エントランスに足を踏み入れたとき、マンションを今まさに出ようとしている男性に声をかけられた。


中津(なかつ)くん?」


「久しぶり、同じマンションなのに全然会わないな」


「そうだね」


「今から河合(かわい)たちと飲むんだ。よかったら今度斎田も来いよ。清香(きよか)が会いたがってたし」


「ああ、うん、そうだね」


「――藍」


考えておく、と言いかけた私の返事にかぶさるように、櫂人さんが私の名を呼んだ。

なぜか背中に痺れがはしるほどの低い声に驚きつつも、友人を紹介する。
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