偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「……お前、今日何回俺に敬語を使った?」


「え?」


「もう一度お仕置きが必要か? ついでにお前が気にしているドレスの礼を少しだけもらおうか」


唐突に近づく端正な面立ち。

目を閉じる間もなく重ねられた唇は熱く、一気に鼓動が速まっていく。


「な……にっ」


ほんの少し唇が離れた瞬間、抗議の声を上げる。

けれどそんな私に構いもせず、彼は再び性急に唇を奪う。

何度も角度を変えて重ねられる口づけに頭の中がぼうっとして靄がかかったようになる。

まるで唇ごと食べられているかのような錯覚に陥る。


「も、なんで……」


呼吸も胸も苦しくて、涙が滲む。

そんな私の目尻に櫂人さんが小さなキスを落とす。


「大事な婚約者のマンションに、ほかの親しい男がいるのは嬉しくない。噂にでもなったらどうするんだ?」


なにを言い出すの?


再びの衝撃的な発言に、思考回路がストップする。


「藍は俺だけの婚約者だろ?」


色気の漂う、綺麗すぎる微笑みに思わず見惚れそうになる。


「な、中津くんには恋人がいるの。さっき清香って名前が上がっていたでしょ?」


「ああ、そう言えば」


ほんの少しだけ、彼の纏う硬質な雰囲気が和らぐ。


「だから、心配しなくて大丈夫。少し話をしただけで噂になるわけがないわ」


「お前は、大丈夫の意味をきちんとわかっていないからな」


射抜くような鋭い視線を向けられて、喉の奥がごくりと鳴った。

長い指が私の顎をそっと掬い上げる。
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