偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
『ここが気に入らないなら、引っ越すぞ?』


しれっと告げられて卒倒しそうになった。

このマンションを開発したのは栗本ホールディングスの子会社のひとつらしく、以前に住んでいたマンションを含め彼は幾つかの不動産を所有しているという。

私の部屋として案内されたのは八畳ほどの洋室だった。

大きな引き違い窓からは明るい自然の光が部屋に差し込む。

広いウォークインクローゼットには私が持参したキャリーバッグが収まっているが、明らかに場違いといった様子を否めない。

さらに、以前に贈られた服とは別の、多くの服飾雑貨がその場所を占拠していた。

驚く私を尻目に『婚約者に贈り物をするのも住環境を整えるのも当たり前だ』と平然と彼は口にする。

最早金額を尋ねるのが恐怖でしかない。

さらには書き物机や収納棚など、生活していくうえで必要な家具類が揃えてあった。

そのすべてが高級品で、触れるのにも気を遣う。

ベッドも置いてあるが、入籍後は一緒に寝ると改めて宣言されてしまった。


『生活リズムが違うし、別々に休んだほうが疲れがとれるのでは……』


『俺は気にしない。なんなら今からともに眠るか?』


苦し紛れの言い訳に、花が綻ぶような笑顔を向けられて返答に窮した。


干渉されるのが嫌いなくせにどうして私に構うの?


家の中は完全に私的な空間で、家庭内別居状態であっても誰も気づかない。


それなのになぜ距離を縮めようとするのだろう?
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