偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
6.君のために~side櫂人~
洗面所に逃げ込む婚約者の可愛い背中を見つめ、クスリと声が漏れた。

どこまでも真っすぐで裏表のない態度は最初に出会った頃とまったく変わらない。


ああ、でも今はあの頃より彼女について知っている。


お人好しなうえに嘘が下手で、感情が表情にほぼ直結している年下の婚約者。

強引に逃げ道を奪って婚約し、考える隙すら与えず引っ越しを迫った俺に藍はどこまでも誠実に接してくる。

それどころか俺の心配までし、すべては自分の決断なのだと言い張る。

自身の仕事に責任をもち、しっかりした大人の女性の雰囲気を漂わせる一方で、驚くほどの素直さや感情の脆さを持ち合わせている。

迷って悩んでも逃げ出さずに答えを探して、降りかかってきた出来事を他者のせいにはせず真摯に立ち向かう。



殺風景で無機質だった自宅が、明るく温もりのある空間に変わっていく。



藍に日々惹かれる気持ちを抑えられない。

人の好い彼女は俺を本気で拒絶しようとはせず、あくまでも仮初めの婚約者としての役割を全うしようとしている。


「……だから俺みたいな男に付け込まれる」



思わず零れた呟きがリビングに響く。

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