聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

「遍歴騎士タチカゼ? 誰だよそれ」
「へぇ~ オレを知ってる奴がまだいたのか。これは驚いたな」
「忘れるはずないでしょう? あっしらのアジトにたった一人で乗り込んできて、壊滅させた化け物を」
「なっ……」
「あぁ、あのとき潰した奴隷商会の生き残りか。何だよまだしぶとく復職してたわけか」

 お兄さんたちは武器を構えたまま後ずさる。
 
「そいうやさっき、逃げたほうが良いとか言ってたな? そいつは間違いだ」

 刹那。
 剣を抜く瞬間すら見えない。
 視界から一人が消え、次に見えた時にはボクの隣にいた。

「もうおせぇ」
「がっ……」

 倒れ込むお兄さんたちと奴隷商人二人。
 おじさんはいつの間にか抜いていた剣を、かちゃりと鞘に納める。

「やれやれ。純粋すぎるなお前は」
「……」
「あぁ、麻痺毒で動けないのか。ちょっと待ってろ」

 おじさんは腰のバッグをあさる。
 中から一瓶のポーションを取り出し、ボクを起こして飲ませてくれた。

「解毒薬だ」

 ごくりと飲む。
 苦くて不味いけど、飲んだ途端に聞き始めて、口が動くようになった。

「おじさん」
「ったく、まだおじさんって言うか」
「だってまだ……名前聞いてない」
「は? さっきそこの倒れてる奴がしゃべってたろ」
「……おじさんから聞いてない」
「むっ、何だそりゃ。変な奴だなお前……タチカゼだ」
「助けてくれてありがとう。タチカゼおじさん」
「結局変わらんねぇーじゃんか」

 おじさんは呆れながらボクを抱き起してくれた。
 解毒は済んだけど、まだ脚に力が入らない。

「仕方ねーな」

 そう言って、おじさんはボクをおぶってくれた。
 とっても大きな背中だ。
 すごく安心する。

「お前さんは他人を疑うことを覚えろ」
「……うん」

 安心した所為か。
 止まっていた涙がまたあふれ出した。

「怖かった……怖かったよぉ~」
「だろうな」
「ありがとう。おじさん、ありがとう……」
「どういたしまして」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌々日。
 奴隷商人二人と、ボクを騙したお兄さんたちはギルドに捕まった。
 今頃は事情聴取というものを受けているらしい。
 聞いた話によると、おじさんはずっと前から依頼を受けていたらしく、ギルドに来る冒険者たちを観察して、怪しい人たちがいないかチェックしていたという。
 ボクを助けられたのも、偶然だったと言われた。
 もしも間に合わなかったら、今頃ボクはさらわれて、お姉ちゃんたちともさよならしていただろう。
 そう思うとぞっとする。
 
 でも――

「おじさーん!」
「っ……でかい声で呼ぶな」

 ボクはまだ、冒険者を続けるつもりだ。

「おはようおじさん! この間は助けてくれてありがと!」
「はいはい。それは何回も聞いたから十分だ。さっさと他のパーティーでも見つけに行け」
「ううん、今日はね~ おじさんにお願いがあって来たんだ」

 一昨日のことでよくわかった。
 冒険者はとても危険な仕事で、いろんな怖いことがある。
 ずっと暮らしてきた王国とは違う怖さが、これから先もあるはずだ。
 だったらせめて信頼できる人と一緒にいたい。
 だから――

「は? オレに?」
「うん! ボクをおじさんのパーティーに入れてほしいの」
「……はぁ?」
「おじさんと一緒に冒険がしたい!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ったく驚いたぜ。オレのパーティーに入りたいとか、普通考えないだろ?」
「そうかな? ボクはもう、この人しかいない! って思ったよ」

 最初はすごく嫌がられた。
 他のパーティーを薦められたり、普通に逃げようとしたり。
 でも、他の人は知らないし、ボクはおじさんが良かったから、頑張ってお願いした。

「何回つっぱねても諦めねーんだからな。そりゃー誰でもおれるだろ」
「えっへへ~」
「照れてんじゃねぇ。褒めてねーから」

 あの日から三か月弱。
 ボクが冒険者を続けられているのは、おじさんが助けてくれたからだ。
 こうして話している時、しみじみと思い知らされる。

「今のボクがあるのは、ぜーんぶおじさんのお陰だね!」
「そうかよ。んじゃまぁ、精々頑張って恩返しでもしてくれ」
「まっかせてよ! 恋人のいないおじさんのために、ボクが一生傍にいてあげるから!」
「なっ……余計なお世話だ。そもそもオレの好みはボンキュッボンの女。お前みたいなガキンチョに興味はねーよ」
「むぅ~ またイジワル言う」

 おじさんは恥ずかしそうに眼を逸らす。
 好みでないと口では言いながら、ちょっとは嬉しいのかな。

「というか冗談でもそういうこと言うな。そういうセリフは、ちゃんと好きな相手にするもんだぞ」
「えぇ~ 冗談じゃないよ~ ボクはおじさんが大好きだもん」
「だからそういう……はぁ」

 大きなため息をついたおじさんは、一人で席を立つ。
 時計を見ると、もう帰る時間になっていた。

「じゃあまた明日な」
「うん!」

 おじさんは先にギルドを出て行く。
 ボクはその後ろ姿を眺めながら、ぼそりと聞こえない小さな声で言う。

「冗談じゃないのに……」

 おじさんは鈍感だ。
 助けられたあの日から、ボクはずっとおじさんのことが好きなのに。
 ちゃんと伝えたら気付いてくれるかな?
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