聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
⑫
悪魔を見るのは初めてだった。
でも、一目見ただけで、それが良くない者だと理解できた。
目と目が合う。
たったそれだけで、背筋が凍って震える恐怖が襲う。
悪魔がボクを見ている。
「サーシャ!」
おじさんの声が響いた。
悪魔は空を蹴り、結界へ突進している。
とてつもないスピードと衝撃で、結界付近にいた人たちは吹き飛ばされてしまう。
悪魔はまだ、ボクを見ている。
その他大勢の人なんて気にもしていない。
ボクを殺そうとしている目だ。
逃げなきゃ……
本能がそう叫んでいる。
でも、身体は恐怖で竦んで動けない。
結界がひび割れ、眼前に悪魔が迫って尚、ボクの身体が動いてくれない。
「させるかぁあああああああああ」
悪魔の手が弾かれる。
おじさんの剣がボクを守ってくれた。
そこから怒涛のような連続攻撃を浴びせる。
さながら鬼のように、悪魔に攻撃の隙を与えない。
ボクが初めて見るおじさんの激昂。
でも――
片腕を失った今の彼では、悪魔と対等に戦うには不足だった。
悪魔の左腕が、おじさんのお腹を貫く。
「ごほっ」
そんな……
「タチカゼ!」
「お……おじさん!」
悪魔の手がおじさんのお腹から生えている。
貫通し、背中から出ている。
明らかに重症だった。
悪魔はニヤリと笑ったように見える。
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
おじさんが吠えた。
悪魔は手を抜こうとするが、おじさんがそれを許さない。
剣を至近距離で振るい、腹に刺さった腕を斬り落とす。
「ジュード!」
「おう!」
ジュードさんがすかさず攻撃を加える。
おじさんも加わり、左右から攻める。
さすがの悪魔も、片腕を失った状態で、二人の攻撃はさばききれない。
二人は止まらない。
悪魔を斬り裂き、消滅させるまでは終わらない。
気迫極まる二人の表情は、悪魔すら怯えさせる。
そして――
「終わりだコノヤロー!」
二人の剣が、悪魔の首を撥ねとばした。
「はっ……ざまぁ見やがれ」
消滅していく悪魔を見ながら、おじさんは満足げに倒れ込む。
ジュードさんが駆け寄り、ボクも慌てておじさんの元へ走った。
「おじさん!」
「サーシャ……無事だったか」
「待ってて! 今助けるから!」
悪魔を倒したことで、おじさんの腹に刺さっていた手も消滅している。
代わりにぽっかりと空いた穴から、地面が見えている。
流れ出る血の量が、致命傷だと告げていた。
「あぁ~ またドジったな」
「しゃべっちゃだめだよ!」
「どっちみ駄目だろ」
「そんなことない! ボクが絶対助けるんだから!」
そう言いながら、手は震えて頭は現実を見ている。
出血の量が多すぎる。
傷も深くて、ボクの祈りでも治癒は出来そうにない。
現に祈りを捧げているのに、傷口はまったく塞がってくれない。
「どうして……何で!」
「そんな顏するな。せっかく可愛い顏してんのに台無しだぞ」
「今……そんなこと言わないでよ。やだよおじさん……死んじゃヤダ」
ボクの瞳からは涙が溢れ出ている。
そんなボクを見て、おじさんは手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
そうして語り出す。
「思い……出したんだ。オレが旅をしていた理由を」
「えっ?」
「別に剣を極めたかったんじゃない……オレは、オレにはそれしかなかったから」
別のものが欲しかった。
他の騎士たちのような愛国心も、よそ者の自分にはない。
あるのは剣術の才能だけ。
だから、それを極める道しかなかった。
それでも、本当に欲しかったものは別のものだったんだ。
「オレはただ……守りたいものがほしかったんだ。命を捨て出ても、生涯をかけて守りたい何かを……オレは欲していた」
「おじさん……」
「なぁサーシャ、お前は無事だよな?」
「……うん」
「そうか、だったら満足だ。お前は……眩しいからな。もっとたくさんの人を照らせるだろ」
おじさんは笑っている。
言葉通り満足げに、満ち足りたような笑顔だった。
ボクはそれが嫌で叫ぶ。
「嫌だよ! ボクはおじさんと一緒にいたい……この先もずっと、一緒にいたいんだ」
「サーシャ……」
「ボクの全部をあげるよ。だからお願い……死なないで」
ボクの唇と、おじさんの硬い唇が重なる。
初めてのキスだった。
ムードの欠片もないけれど、今はこれしかない。
聖女の力の全てを、彼の中に直接流し込む。
祈りで足りないのなら、ボクの全部を捧げてでも助けてみせる。
繋がり、祈りを込める。
ボクの力を流し込まれた身体は、淡い光に包まれる。
全てを捧げるという誓いが、祈りの力を強化した。
時間が巻き戻るように、傷がどんどん癒えていく。
神秘的とも呼べる光景に、誰もが声を忘れ、魅入っていた。
「こりゃ……驚いたな」
「おじさん」
「サーシャ……ありがとな」
「うん!」
ボクの祈りが、想いが命を繋いだ。
この時、ボクは生まれて初めて聖女で良かったと思えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その三日後――
「おじさーん!」
「おい、だからおじさんは止めろって」
「えっへへ~ とう!」
「っと! 急に抱き着くな」
ボクらは変わらずギルドにいた。
ドラゴン討伐も終わり、その後の事件も落ち着き、ようやく戻って来た日常。
「ねぇおじさん」
「ん?」
「あれってボクのファーストキスだったんだよ?」
「そうかい」
「ちゃんと責任取ってよね」
「は? あれはお前から……いや、ずるいな。あの状況じゃ反論できねぇだろ」
おじさんはわしゃわしゃと自分の髪を触っている。
そのまま、顔を逸らし照れながら言う。
「まぁ仕方ないか……。お前は良い女になるだろうからな」
「えへへっ」
ああ、やっぱりボクは――この人が大好きだ。
でも、一目見ただけで、それが良くない者だと理解できた。
目と目が合う。
たったそれだけで、背筋が凍って震える恐怖が襲う。
悪魔がボクを見ている。
「サーシャ!」
おじさんの声が響いた。
悪魔は空を蹴り、結界へ突進している。
とてつもないスピードと衝撃で、結界付近にいた人たちは吹き飛ばされてしまう。
悪魔はまだ、ボクを見ている。
その他大勢の人なんて気にもしていない。
ボクを殺そうとしている目だ。
逃げなきゃ……
本能がそう叫んでいる。
でも、身体は恐怖で竦んで動けない。
結界がひび割れ、眼前に悪魔が迫って尚、ボクの身体が動いてくれない。
「させるかぁあああああああああ」
悪魔の手が弾かれる。
おじさんの剣がボクを守ってくれた。
そこから怒涛のような連続攻撃を浴びせる。
さながら鬼のように、悪魔に攻撃の隙を与えない。
ボクが初めて見るおじさんの激昂。
でも――
片腕を失った今の彼では、悪魔と対等に戦うには不足だった。
悪魔の左腕が、おじさんのお腹を貫く。
「ごほっ」
そんな……
「タチカゼ!」
「お……おじさん!」
悪魔の手がおじさんのお腹から生えている。
貫通し、背中から出ている。
明らかに重症だった。
悪魔はニヤリと笑ったように見える。
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
おじさんが吠えた。
悪魔は手を抜こうとするが、おじさんがそれを許さない。
剣を至近距離で振るい、腹に刺さった腕を斬り落とす。
「ジュード!」
「おう!」
ジュードさんがすかさず攻撃を加える。
おじさんも加わり、左右から攻める。
さすがの悪魔も、片腕を失った状態で、二人の攻撃はさばききれない。
二人は止まらない。
悪魔を斬り裂き、消滅させるまでは終わらない。
気迫極まる二人の表情は、悪魔すら怯えさせる。
そして――
「終わりだコノヤロー!」
二人の剣が、悪魔の首を撥ねとばした。
「はっ……ざまぁ見やがれ」
消滅していく悪魔を見ながら、おじさんは満足げに倒れ込む。
ジュードさんが駆け寄り、ボクも慌てておじさんの元へ走った。
「おじさん!」
「サーシャ……無事だったか」
「待ってて! 今助けるから!」
悪魔を倒したことで、おじさんの腹に刺さっていた手も消滅している。
代わりにぽっかりと空いた穴から、地面が見えている。
流れ出る血の量が、致命傷だと告げていた。
「あぁ~ またドジったな」
「しゃべっちゃだめだよ!」
「どっちみ駄目だろ」
「そんなことない! ボクが絶対助けるんだから!」
そう言いながら、手は震えて頭は現実を見ている。
出血の量が多すぎる。
傷も深くて、ボクの祈りでも治癒は出来そうにない。
現に祈りを捧げているのに、傷口はまったく塞がってくれない。
「どうして……何で!」
「そんな顏するな。せっかく可愛い顏してんのに台無しだぞ」
「今……そんなこと言わないでよ。やだよおじさん……死んじゃヤダ」
ボクの瞳からは涙が溢れ出ている。
そんなボクを見て、おじさんは手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
そうして語り出す。
「思い……出したんだ。オレが旅をしていた理由を」
「えっ?」
「別に剣を極めたかったんじゃない……オレは、オレにはそれしかなかったから」
別のものが欲しかった。
他の騎士たちのような愛国心も、よそ者の自分にはない。
あるのは剣術の才能だけ。
だから、それを極める道しかなかった。
それでも、本当に欲しかったものは別のものだったんだ。
「オレはただ……守りたいものがほしかったんだ。命を捨て出ても、生涯をかけて守りたい何かを……オレは欲していた」
「おじさん……」
「なぁサーシャ、お前は無事だよな?」
「……うん」
「そうか、だったら満足だ。お前は……眩しいからな。もっとたくさんの人を照らせるだろ」
おじさんは笑っている。
言葉通り満足げに、満ち足りたような笑顔だった。
ボクはそれが嫌で叫ぶ。
「嫌だよ! ボクはおじさんと一緒にいたい……この先もずっと、一緒にいたいんだ」
「サーシャ……」
「ボクの全部をあげるよ。だからお願い……死なないで」
ボクの唇と、おじさんの硬い唇が重なる。
初めてのキスだった。
ムードの欠片もないけれど、今はこれしかない。
聖女の力の全てを、彼の中に直接流し込む。
祈りで足りないのなら、ボクの全部を捧げてでも助けてみせる。
繋がり、祈りを込める。
ボクの力を流し込まれた身体は、淡い光に包まれる。
全てを捧げるという誓いが、祈りの力を強化した。
時間が巻き戻るように、傷がどんどん癒えていく。
神秘的とも呼べる光景に、誰もが声を忘れ、魅入っていた。
「こりゃ……驚いたな」
「おじさん」
「サーシャ……ありがとな」
「うん!」
ボクの祈りが、想いが命を繋いだ。
この時、ボクは生まれて初めて聖女で良かったと思えたんだ。
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その三日後――
「おじさーん!」
「おい、だからおじさんは止めろって」
「えっへへ~ とう!」
「っと! 急に抱き着くな」
ボクらは変わらずギルドにいた。
ドラゴン討伐も終わり、その後の事件も落ち着き、ようやく戻って来た日常。
「ねぇおじさん」
「ん?」
「あれってボクのファーストキスだったんだよ?」
「そうかい」
「ちゃんと責任取ってよね」
「は? あれはお前から……いや、ずるいな。あの状況じゃ反論できねぇだろ」
おじさんはわしゃわしゃと自分の髪を触っている。
そのまま、顔を逸らし照れながら言う。
「まぁ仕方ないか……。お前は良い女になるだろうからな」
「えへへっ」
ああ、やっぱりボクは――この人が大好きだ。