聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

 世の中にはいる。
 一つのことに夢中になって、周りが見えないくらい頑張れる人が。
 わたしには、そんな彼らの気持ちがわからない。
 だから、知りたいと思った。
 彼がどうして、身体を追い詰めてまで頑張れるのか。

「どうしてとは? 研究のことか?」
「はい」
「それが僕の仕事だからだ」
「……仕事だから、無理してまでやるんですか?」
「当たり前だろう……と、言いたい所だが、それだけではない」

 博士は小さく息をもらす。
 数秒何かを考えたような素振りを見せ、顔を上げてわたしに言う。

「まぁ良いか。君にだけ色々と聞いて、自分のことは話さないでは不公平だな。少々長い話になるが構わないか?」

 わたしはこくりと頷く。
 すると、博士は「そうか」と言い、改まって話し出す。

「僕の生まれは、ここよりずっと小さな村だった。今の僕を見て、どこかの貴族か国の役人の生まれだと勘違いする者も多いが、元々はただの村人だったんだよ」

 僕は母と二人で暮らしていた。
 父の顔は知らない。
 物心つく前に、幼い僕と母を置いてどこかへいなくなってしまったらしい。
 とんだろくでなしだったが、僕は気にしていなかった。
 優しい母と二人で暮らせるだけで、僕は満足だったからだ。
 
 そして、僕が十歳になる頃にグレンベルへと引っ越した。
 小さな村では仕事も少なくて、食べていくのも精一杯だったからだ。
 母が仕事に勤しむ間、僕は図書館に入り浸っていた。
 幼い僕は、世の中の不思議や様々な現象に興味を持ち、それを解き明かしたいと思っていた。
 母はそんな僕を天才だとほめてくれた。
 いつか凄い研究者になって、多くの人から感謝されると。

 僕はその時、初めて将来の夢を見つけた。

 だが、悲しい別れは突然やってきた。
 元々身体が弱かった母は、仕事の疲れから病に倒れてしまう。
 それも偶然流行していた新種の流行病で、治療法も満足に確立されていなかった。
 僕は必死に調べたが、所詮は子供の脳みそだ。
 いくら調べ考えても、治療法なんて見つからない。
 母はみるみる弱っていき、身体を動かせない程になってしまった。
 ベッドで横になり、食事もわずかしか喉を通らない。
 
「ごめん……母さん」

 僕がもっと賢ければ。
 もっと大人で、わがままを通せる力があれば。
 苦しむ母を救えたかもしれないのに……と、何度も後悔した。
 そんな僕に、母はこう言った。

「泣かないで。あなたは立派な子……私の自慢の息子よ」
「母さん……」
「大丈夫、私はずっとあなたを見守っているわ。あなたはきっと、たくさんの人たちに愛される人になる。そういう力があるのよ」

 そんなことはどうでもよかった。
 他人にどう思われようとも、僕には関係ない。
 ただ一人、母が笑ってくれているのなら、それだけで幸せだった。

「ナベリス……たくさんの人を救える……そんな人にあなたは成れるわ」

 それが最後の言葉だった。
 かすれた弱々しい声で、母は僕に言い残したんだ。
 
「多くの人を救う存在になれ。それが母の残した言葉だった。だから僕はここにいる。母の願いを叶えるため、多くの人が救われる研究をしている。それが僕の理由だ」

 博士の話を聞いたわたしの瞳からは、涙が溢れそうになっていた。
 準備していた心が受け止められない悲しい話だったから。
 そして、彼の話から確信が持てた。
 彼は……とても優しい人だ。
 変な人だけど、口は悪いけど、彼の心の根幹には優しさが詰まっている。
 亡くなったお母さんの遺言を守るため、彼は身を粉にして働いているんだ。

「凄いなぁ……」

 わたしには、そんな大層な理由はない。
 聖女として人と関わっていた時も、言われたからやっているだけだった。
 それでも良いと思っていた。
 でも、今はそんな自分が恥ずかしく思える。

「なぜ君を助手にしたのか……だったか?」
「えっ」

 突然、博士の口から出た言葉にわたしは驚く。
 眠っているときにぼそりと漏らした言葉を、博士は聞いていたらしい。
 急に恥ずかしくなって、わたしは目を逸らした。
 そんなわたしに、博士はハッキリという。

「君が自分をどう思っているか、他人がどう考えているかなど、僕には関係のないことだ」
「……」
「ただ、私には君が必要だった。だから助手にしたんだ」

 その瞬間、全身に電流が走ったような感じがした。
 わたしを必要だと言ってくれた。
 他の誰でもない、わたしが必要なのだと。
 ずっと言ってほしかった言葉を、博士はハッキリと口にしてくれた。
 心の底から嬉しさがこみあげてくる。

「最初にも言ったが、君に拒否権はないのだからな。勝手にいなくなられたら困るぞ」
「……はい」

 そんなことはしない。
 今のわたしなら、ちゃんと本心からそう思える。
 
 この人のために頑張ってみよう。

 わたしは生まれて初めて、頑張る目的が出来た気がした。
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