聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
六
世の中にはいる。
一つのことに夢中になって、周りが見えないくらい頑張れる人が。
わたしには、そんな彼らの気持ちがわからない。
だから、知りたいと思った。
彼がどうして、身体を追い詰めてまで頑張れるのか。
「どうしてとは? 研究のことか?」
「はい」
「それが僕の仕事だからだ」
「……仕事だから、無理してまでやるんですか?」
「当たり前だろう……と、言いたい所だが、それだけではない」
博士は小さく息をもらす。
数秒何かを考えたような素振りを見せ、顔を上げてわたしに言う。
「まぁ良いか。君にだけ色々と聞いて、自分のことは話さないでは不公平だな。少々長い話になるが構わないか?」
わたしはこくりと頷く。
すると、博士は「そうか」と言い、改まって話し出す。
「僕の生まれは、ここよりずっと小さな村だった。今の僕を見て、どこかの貴族か国の役人の生まれだと勘違いする者も多いが、元々はただの村人だったんだよ」
僕は母と二人で暮らしていた。
父の顔は知らない。
物心つく前に、幼い僕と母を置いてどこかへいなくなってしまったらしい。
とんだろくでなしだったが、僕は気にしていなかった。
優しい母と二人で暮らせるだけで、僕は満足だったからだ。
そして、僕が十歳になる頃にグレンベルへと引っ越した。
小さな村では仕事も少なくて、食べていくのも精一杯だったからだ。
母が仕事に勤しむ間、僕は図書館に入り浸っていた。
幼い僕は、世の中の不思議や様々な現象に興味を持ち、それを解き明かしたいと思っていた。
母はそんな僕を天才だとほめてくれた。
いつか凄い研究者になって、多くの人から感謝されると。
僕はその時、初めて将来の夢を見つけた。
だが、悲しい別れは突然やってきた。
元々身体が弱かった母は、仕事の疲れから病に倒れてしまう。
それも偶然流行していた新種の流行病で、治療法も満足に確立されていなかった。
僕は必死に調べたが、所詮は子供の脳みそだ。
いくら調べ考えても、治療法なんて見つからない。
母はみるみる弱っていき、身体を動かせない程になってしまった。
ベッドで横になり、食事もわずかしか喉を通らない。
「ごめん……母さん」
僕がもっと賢ければ。
もっと大人で、わがままを通せる力があれば。
苦しむ母を救えたかもしれないのに……と、何度も後悔した。
そんな僕に、母はこう言った。
「泣かないで。あなたは立派な子……私の自慢の息子よ」
「母さん……」
「大丈夫、私はずっとあなたを見守っているわ。あなたはきっと、たくさんの人たちに愛される人になる。そういう力があるのよ」
そんなことはどうでもよかった。
他人にどう思われようとも、僕には関係ない。
ただ一人、母が笑ってくれているのなら、それだけで幸せだった。
「ナベリス……たくさんの人を救える……そんな人にあなたは成れるわ」
それが最後の言葉だった。
かすれた弱々しい声で、母は僕に言い残したんだ。
「多くの人を救う存在になれ。それが母の残した言葉だった。だから僕はここにいる。母の願いを叶えるため、多くの人が救われる研究をしている。それが僕の理由だ」
博士の話を聞いたわたしの瞳からは、涙が溢れそうになっていた。
準備していた心が受け止められない悲しい話だったから。
そして、彼の話から確信が持てた。
彼は……とても優しい人だ。
変な人だけど、口は悪いけど、彼の心の根幹には優しさが詰まっている。
亡くなったお母さんの遺言を守るため、彼は身を粉にして働いているんだ。
「凄いなぁ……」
わたしには、そんな大層な理由はない。
聖女として人と関わっていた時も、言われたからやっているだけだった。
それでも良いと思っていた。
でも、今はそんな自分が恥ずかしく思える。
「なぜ君を助手にしたのか……だったか?」
「えっ」
突然、博士の口から出た言葉にわたしは驚く。
眠っているときにぼそりと漏らした言葉を、博士は聞いていたらしい。
急に恥ずかしくなって、わたしは目を逸らした。
そんなわたしに、博士はハッキリという。
「君が自分をどう思っているか、他人がどう考えているかなど、僕には関係のないことだ」
「……」
「ただ、私には君が必要だった。だから助手にしたんだ」
その瞬間、全身に電流が走ったような感じがした。
わたしを必要だと言ってくれた。
他の誰でもない、わたしが必要なのだと。
ずっと言ってほしかった言葉を、博士はハッキリと口にしてくれた。
心の底から嬉しさがこみあげてくる。
「最初にも言ったが、君に拒否権はないのだからな。勝手にいなくなられたら困るぞ」
「……はい」
そんなことはしない。
今のわたしなら、ちゃんと本心からそう思える。
この人のために頑張ってみよう。
わたしは生まれて初めて、頑張る目的が出来た気がした。
一つのことに夢中になって、周りが見えないくらい頑張れる人が。
わたしには、そんな彼らの気持ちがわからない。
だから、知りたいと思った。
彼がどうして、身体を追い詰めてまで頑張れるのか。
「どうしてとは? 研究のことか?」
「はい」
「それが僕の仕事だからだ」
「……仕事だから、無理してまでやるんですか?」
「当たり前だろう……と、言いたい所だが、それだけではない」
博士は小さく息をもらす。
数秒何かを考えたような素振りを見せ、顔を上げてわたしに言う。
「まぁ良いか。君にだけ色々と聞いて、自分のことは話さないでは不公平だな。少々長い話になるが構わないか?」
わたしはこくりと頷く。
すると、博士は「そうか」と言い、改まって話し出す。
「僕の生まれは、ここよりずっと小さな村だった。今の僕を見て、どこかの貴族か国の役人の生まれだと勘違いする者も多いが、元々はただの村人だったんだよ」
僕は母と二人で暮らしていた。
父の顔は知らない。
物心つく前に、幼い僕と母を置いてどこかへいなくなってしまったらしい。
とんだろくでなしだったが、僕は気にしていなかった。
優しい母と二人で暮らせるだけで、僕は満足だったからだ。
そして、僕が十歳になる頃にグレンベルへと引っ越した。
小さな村では仕事も少なくて、食べていくのも精一杯だったからだ。
母が仕事に勤しむ間、僕は図書館に入り浸っていた。
幼い僕は、世の中の不思議や様々な現象に興味を持ち、それを解き明かしたいと思っていた。
母はそんな僕を天才だとほめてくれた。
いつか凄い研究者になって、多くの人から感謝されると。
僕はその時、初めて将来の夢を見つけた。
だが、悲しい別れは突然やってきた。
元々身体が弱かった母は、仕事の疲れから病に倒れてしまう。
それも偶然流行していた新種の流行病で、治療法も満足に確立されていなかった。
僕は必死に調べたが、所詮は子供の脳みそだ。
いくら調べ考えても、治療法なんて見つからない。
母はみるみる弱っていき、身体を動かせない程になってしまった。
ベッドで横になり、食事もわずかしか喉を通らない。
「ごめん……母さん」
僕がもっと賢ければ。
もっと大人で、わがままを通せる力があれば。
苦しむ母を救えたかもしれないのに……と、何度も後悔した。
そんな僕に、母はこう言った。
「泣かないで。あなたは立派な子……私の自慢の息子よ」
「母さん……」
「大丈夫、私はずっとあなたを見守っているわ。あなたはきっと、たくさんの人たちに愛される人になる。そういう力があるのよ」
そんなことはどうでもよかった。
他人にどう思われようとも、僕には関係ない。
ただ一人、母が笑ってくれているのなら、それだけで幸せだった。
「ナベリス……たくさんの人を救える……そんな人にあなたは成れるわ」
それが最後の言葉だった。
かすれた弱々しい声で、母は僕に言い残したんだ。
「多くの人を救う存在になれ。それが母の残した言葉だった。だから僕はここにいる。母の願いを叶えるため、多くの人が救われる研究をしている。それが僕の理由だ」
博士の話を聞いたわたしの瞳からは、涙が溢れそうになっていた。
準備していた心が受け止められない悲しい話だったから。
そして、彼の話から確信が持てた。
彼は……とても優しい人だ。
変な人だけど、口は悪いけど、彼の心の根幹には優しさが詰まっている。
亡くなったお母さんの遺言を守るため、彼は身を粉にして働いているんだ。
「凄いなぁ……」
わたしには、そんな大層な理由はない。
聖女として人と関わっていた時も、言われたからやっているだけだった。
それでも良いと思っていた。
でも、今はそんな自分が恥ずかしく思える。
「なぜ君を助手にしたのか……だったか?」
「えっ」
突然、博士の口から出た言葉にわたしは驚く。
眠っているときにぼそりと漏らした言葉を、博士は聞いていたらしい。
急に恥ずかしくなって、わたしは目を逸らした。
そんなわたしに、博士はハッキリという。
「君が自分をどう思っているか、他人がどう考えているかなど、僕には関係のないことだ」
「……」
「ただ、私には君が必要だった。だから助手にしたんだ」
その瞬間、全身に電流が走ったような感じがした。
わたしを必要だと言ってくれた。
他の誰でもない、わたしが必要なのだと。
ずっと言ってほしかった言葉を、博士はハッキリと口にしてくれた。
心の底から嬉しさがこみあげてくる。
「最初にも言ったが、君に拒否権はないのだからな。勝手にいなくなられたら困るぞ」
「……はい」
そんなことはしない。
今のわたしなら、ちゃんと本心からそう思える。
この人のために頑張ってみよう。
わたしは生まれて初めて、頑張る目的が出来た気がした。