聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
八
「お疲れさまでした。博士」
「うん」
「それで……わかったんですか?」
「……そうだな。まずは場所を変えよう。研究室へ戻るぞ」
「はい」
検視を終えた博士と、王城敷地内を出る。
普段からあまり話す人じゃないけど、帰り道はずっと無言だった。
表情に見せないだけで、精神的な疲労もあるのだろう。
研究室に戻った博士は、自分の席に座る。
小さくため息をもらし、腕を組んで話し出す。
「わかったか、だったな」
「はい」
「わかったことはある。だが……わからなくなったこともある。というのが検視の結果だ」
博士は意味深な言い回しをした。
わたしは意図を掴めず、疑問から首を傾げる。
すると、博士は続けて説明する。
「検視で選んだ三人の遺体……選んだ基準は偏に進行の度合いだ」
「症状の進み具合」
「そうだ。遺体をざっと調べたが、聞いていた症状の進行には個人差が見受けられた。その差を調べるために、僕は三人の遺体を借りた」
一人目の遺体は、進行が完全に進んだと思われる人。
全身が紫色に変色し、写真と同じ状態になっていた遺体。
二人目の遺体は、進行途中で亡くなられた人。
紫色の変色が全身の半分程度で止まっていた者を見つけた。
そして三人目は……
「まったく症状が進んでいなかった方の遺体……ですか」
「うん。症状の進行が命を削っているのは間違いないだろう。だが、それにしては差がありすぎる」
「確かに……でもそれは、年齢とかにもよるのでは?」
「そうだな。僕もそう考えて遺体を全て確認した。だがおそらく、進行の度合いは年齢と比例していない」
老人だから進行が早いことも、成人だから遅いこともなかった。
もちろんその逆も然り。
「まぁ逆に共通点もあった」
「何ですか?」
「肺の炎症だ。三人全て、左肺上部に炎症の痕跡があった。一人に関しては右肺下部にも炎症が見られたが、おそらくあれは誤嚥性によるもの。今回の病とは無関係だ」
「でも、つまり新しい病は……」
「ああ、肺炎。ただし、一つではないと僕は予想している」
肺炎を伴う病と、全身が紫色に変色する病。
その二つが混在している可能性が高いと、博士は説明してくれた。
「そうでなければ、症状のばらつきに説明がつかない」
「そうですね。じゃあ原因は?」
「さぁな。肺炎のほうは細菌性かウイルス性か、どちらかだとは思うが、変色のほうは現状では見当もつかない」
博士がそう言い切るのは珍しい。
それくらい異様な状態だということだろう。
わたしはごくりと息を飲む。
「だから、それをこれから調べに行くぞ」
「えっ? 調べるって村に行くんですか?」
「ああ。それが一番真実に近づける」
直接見て、調べて、考える。
それが真実にたどり着く近道だと、以前に博士が言っていたのを思い出す。
ただ、わたしは少し不安だった。
たくさんの遺体が眠っていた場所に行って、平常心でいられる自信がなかったから。
でも――
「君にも来てもらえると、僕は非常に助かるのだが」
博士がそう言ってくれた。
わたしが必要だと、まっすぐにめを合わせて。
「どうする? 無理強いはしないが」
「行きます!」
そんな風に言われたら、わたしは行くに決まっている。
少しでも良い。
博士の役に立てることをしよう。
「決まりだ。ならば早急に準備を進めてくれ。出来れば今日中に出発したい」
「わかりました」
わたしは急いで準備をした。
感染予防のため、特殊な防護服とマスクも用意する。
荷物がかさばらないように配慮して。
準備が完了したのは午後一時半。
馬車は王城が手配してくれて、二名の騎士も同行することになった。
「準備はよろしいですか?」
「ああ。出してくれ」
「わかりました。一時間弱で到着すると思われます。しばらくお待ちください」
馬車に揺られ四十分。
少し早く到着したわたしたちは、さっそく防護服に着替えた。
「君たちは馬車に残っていてくれ。調査は僕たち二人でする」
「わかりました。くれぐれもお気を付けください」
わたしと博士は馬車を降りて、ハレスタの村へ入る。
村は聞いていた通り、建物は十軒以下で、小さな畑と家畜小屋がある。
少人数での生活が頭に浮かぶ質素さ。
ただし今は、一人すらいない。
異様な静けさが、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
「外観だけはわからないな。部屋の中を見て回ろう」
「はい」
建物の一室に入る。
中は整っていて、生活感も感じられる。
博士は棚や机を無造作に探し出す。
「かってに触っては」
「別に構わないだろう。僕たちは遊びに来たのではない。調査をしに来たのだ」
「そうですけど……」
「もしも例の病がクレンベルに広まったらどうする? 現状の医学では太刀打ちできなければ、ここと同じ惨状になるぞ」
そう思うと、ぞっとする。
「わかったら君も手を動かせ。生活の中に、何かしら手掛かりがあるかもしれない」
「……わかりました」
渋々だけど、わたしも棚を探したりする。
他人の家を漁るなんて気が引けるけど、博士の言う通りだ。
そう思って探していると……
「これ……」
紫色の花?
引き出しの中に、綺麗な紫色の花で造られた押し花を見つけた。
「うん」
「それで……わかったんですか?」
「……そうだな。まずは場所を変えよう。研究室へ戻るぞ」
「はい」
検視を終えた博士と、王城敷地内を出る。
普段からあまり話す人じゃないけど、帰り道はずっと無言だった。
表情に見せないだけで、精神的な疲労もあるのだろう。
研究室に戻った博士は、自分の席に座る。
小さくため息をもらし、腕を組んで話し出す。
「わかったか、だったな」
「はい」
「わかったことはある。だが……わからなくなったこともある。というのが検視の結果だ」
博士は意味深な言い回しをした。
わたしは意図を掴めず、疑問から首を傾げる。
すると、博士は続けて説明する。
「検視で選んだ三人の遺体……選んだ基準は偏に進行の度合いだ」
「症状の進み具合」
「そうだ。遺体をざっと調べたが、聞いていた症状の進行には個人差が見受けられた。その差を調べるために、僕は三人の遺体を借りた」
一人目の遺体は、進行が完全に進んだと思われる人。
全身が紫色に変色し、写真と同じ状態になっていた遺体。
二人目の遺体は、進行途中で亡くなられた人。
紫色の変色が全身の半分程度で止まっていた者を見つけた。
そして三人目は……
「まったく症状が進んでいなかった方の遺体……ですか」
「うん。症状の進行が命を削っているのは間違いないだろう。だが、それにしては差がありすぎる」
「確かに……でもそれは、年齢とかにもよるのでは?」
「そうだな。僕もそう考えて遺体を全て確認した。だがおそらく、進行の度合いは年齢と比例していない」
老人だから進行が早いことも、成人だから遅いこともなかった。
もちろんその逆も然り。
「まぁ逆に共通点もあった」
「何ですか?」
「肺の炎症だ。三人全て、左肺上部に炎症の痕跡があった。一人に関しては右肺下部にも炎症が見られたが、おそらくあれは誤嚥性によるもの。今回の病とは無関係だ」
「でも、つまり新しい病は……」
「ああ、肺炎。ただし、一つではないと僕は予想している」
肺炎を伴う病と、全身が紫色に変色する病。
その二つが混在している可能性が高いと、博士は説明してくれた。
「そうでなければ、症状のばらつきに説明がつかない」
「そうですね。じゃあ原因は?」
「さぁな。肺炎のほうは細菌性かウイルス性か、どちらかだとは思うが、変色のほうは現状では見当もつかない」
博士がそう言い切るのは珍しい。
それくらい異様な状態だということだろう。
わたしはごくりと息を飲む。
「だから、それをこれから調べに行くぞ」
「えっ? 調べるって村に行くんですか?」
「ああ。それが一番真実に近づける」
直接見て、調べて、考える。
それが真実にたどり着く近道だと、以前に博士が言っていたのを思い出す。
ただ、わたしは少し不安だった。
たくさんの遺体が眠っていた場所に行って、平常心でいられる自信がなかったから。
でも――
「君にも来てもらえると、僕は非常に助かるのだが」
博士がそう言ってくれた。
わたしが必要だと、まっすぐにめを合わせて。
「どうする? 無理強いはしないが」
「行きます!」
そんな風に言われたら、わたしは行くに決まっている。
少しでも良い。
博士の役に立てることをしよう。
「決まりだ。ならば早急に準備を進めてくれ。出来れば今日中に出発したい」
「わかりました」
わたしは急いで準備をした。
感染予防のため、特殊な防護服とマスクも用意する。
荷物がかさばらないように配慮して。
準備が完了したのは午後一時半。
馬車は王城が手配してくれて、二名の騎士も同行することになった。
「準備はよろしいですか?」
「ああ。出してくれ」
「わかりました。一時間弱で到着すると思われます。しばらくお待ちください」
馬車に揺られ四十分。
少し早く到着したわたしたちは、さっそく防護服に着替えた。
「君たちは馬車に残っていてくれ。調査は僕たち二人でする」
「わかりました。くれぐれもお気を付けください」
わたしと博士は馬車を降りて、ハレスタの村へ入る。
村は聞いていた通り、建物は十軒以下で、小さな畑と家畜小屋がある。
少人数での生活が頭に浮かぶ質素さ。
ただし今は、一人すらいない。
異様な静けさが、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
「外観だけはわからないな。部屋の中を見て回ろう」
「はい」
建物の一室に入る。
中は整っていて、生活感も感じられる。
博士は棚や机を無造作に探し出す。
「かってに触っては」
「別に構わないだろう。僕たちは遊びに来たのではない。調査をしに来たのだ」
「そうですけど……」
「もしも例の病がクレンベルに広まったらどうする? 現状の医学では太刀打ちできなければ、ここと同じ惨状になるぞ」
そう思うと、ぞっとする。
「わかったら君も手を動かせ。生活の中に、何かしら手掛かりがあるかもしれない」
「……わかりました」
渋々だけど、わたしも棚を探したりする。
他人の家を漁るなんて気が引けるけど、博士の言う通りだ。
そう思って探していると……
「これ……」
紫色の花?
引き出しの中に、綺麗な紫色の花で造られた押し花を見つけた。