聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

 陽気に照らされたテラス。
 わたしと博士は二人きりで、ムードも良い。
 いつになく真剣な表情の博士が、わたしの手を握って言う。

「カリナ、僕と結婚してくれないか?」
「え……えぇ!?」
「僕は君を愛しているんだ」

 あまりにも突然の言葉に、わたしは動揺を隠せない。
 押し寄せる恥ずかしさから顔を隠そうとしても、強く握られた博士の手がそれをさせない。
 博士はじっとわたしを見つめている。

「あ、あの……」
「君の気持を聞かせてくれないか?」
「わ、わたしは……」

 わたしの気持ちは?

 そう思った時、視界が晴れていく。
 真っ白になって、瞼を開き見えたのは、見慣れた天井だった。

「……夢?」

 なんという夢を見るのだろう。
 自分でも恥ずかしくて、布団をかぶりなおす。
 忘れてしまえる夢なら良かったのに、目覚めてからもハッキリと覚えている。
 
「わたしの気持ち……」

 もしも夢じゃなかったのなら、何て答えていただろう?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 とある日の午後。
 わたしはいつも通り、研究室で博士の助手として働いていた。

「お邪魔するわよ」
「ミーア館長?」
「頑張ってるかしら?」
「はい。珍しいですね、館長がここへ来るなんて」
「ええ、ちょっと用事があってね」

 そう言って、館長は博士のほうに近づいていく。
 博士は気付いている様子だが、あえて無視しているように見える。
 よく見ると、館長は一冊の薄い本を持っていた。
 それを博士の前にバンと置き、広げて見せる。

「ナベリス! 貴方にお見合いの話が来ているわよ」
「おっ……」

 お見合い!?
 それってつまり……縁談の話?
 わたしは密かに、心の中で動揺していた。
 当の本人である博士は、それを聞くなり大きなため息をこぼす。

「またか……毎度断っているはずだが?」
「だから新しく持って来たのよ」
「相変わらずお節介な女だ」

 どうやら初めてではないらしい。
 呆れる博士と、少し強引にお見合いの資料を見せようとする館長。
 前々から思っていたけど、二人はどういう関係なのだろう。
 気になったわたしは、遠回しに聞いてみることにした。
 別にお見合いが気になるわけじゃなく……

「あ、あのお見合いって?」
「えっ? ああ、ナベリスも今年で二十五でしょ? もうそろそろ相手を見つけたほうが良いと思ってね」
「余計なお世話だと言っている」
「そういうわけにもいかないわ。レレイナさんに頼まれているもの」
「レレイナさん?」
「僕の母だ」

 博士のお母さん――
 確か、流行病で倒れてしまったっていう。

「あら? もしかして伝えてなかったの?」
「えっ、あの……」

 わたしが困っていると、館長は博士に目を向ける。
 博士は黙って目を瞑った。
 それを見て、館長は小さくため息をつき、わたしに向って言う。

「私とレレイナさんは古い友人なの。元々一緒の村で生まれて、先に私がクレンベルに来たのよ」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ。だからナベリスのことも小さい頃から知っているわ」
「僕は覚えていないけどね」

 それは嘘だとすぐにわかる。
 今までにも何度か感じたけど、博士は館長のことが苦手に見える。
 その理由が今、ようやくわかった。 

「貴方が最高の奥さんを貰えるように! ってお願いされてるのよ。あの人は子供の幸せを何より大事にしている人だったから」

 館長は懐かしそうに語っていた。
 昔を思い出しているのだろう。
 わたしだけが知らない、博士のお母さんの思い出。
 ちょっぴり羨ましく思えるのは、わがままなのかな。

「そういうわけだから! ナベリス! そろそろ良い人の一人も見つけてきたらどうなの?」
「前々から言っているだろう? 僕は恋愛なんて微塵も興味がない。そんなものに時間をかけるなら、研究資料を作る」
「もう……そうなんだから私が見つけてきてあげているんでしょう?」
「余計なお世話だ。さっきも言っただろう」
「余計でも世話するわよ。レレイナさんとの約束だってさっきも言ったはずよ?」
「くっ……母さんの名を使うなど卑怯者め」

 顔をしかめる博士。
 やっぱり館長のことは苦手らしい。

「はぁ~ 興味ないのはわかったわ。でも一人くらいお見合いを受けたっていいんじゃないのかしら? 良い人と巡り合えるかもしれないわよ」
「ふんっ、受けた所で……いや、まぁよくよく考えるとありかもしれんな」
「あら? 急にどうしたの?」
「いやな。どうせこの先も断り続ければ、鬱陶しく見合いの話を持ってくるのだろう? ならばもういっそのこと見合いを受けて、そのまま婚約だけ済ませれば良いかなと」
「貴方ねぇ……」

 館長は呆れている。
 対する私は、博士の言っていることに動揺していた。

「本当に興味ないのね」
「そう言っている」
「はぁ……まぁ良いわ。何だかんだで貴方もまじめだし、結婚したら考え方も変わるかもしれないわね」
「ふっ、その期待には応えかねる」

 えっ……あれ?
 今の話の流れって、博士が誰かと結婚するつもりってこと?
 それを館長も認めて……

「じゃあお見合いの話は進めておくわよ」
「ああ、よろしく頼む」
「ちょっ……」
「「ん?」」
「ちょっと待って」

 小さく消えそうな声だけど、わたしは二人に物申していた。
 それも無意識に。

 
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