聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
Ⅴ
ハミルは定期的に、兄のメルフィスに手紙を送っている。
王国の現状を伝達するためだが、近況報告もかねてだ。
その手紙の中に、聖女として聖堂に入ったアイラのことも書いてある。
本当は書くつもりもなかったのに、つい筆がのっちゃったんだよなぁ……
と、心の中で呟くハミル。
そういう話を聞いて、メルフィスが何もしないなんてありえない。
ハミルはそれをよく知っている。
なぜならもちろん、二人が兄弟だから。
「手紙に書いてあった通り、綺麗な髪と瞳をした子だったね」
「もう会われたのですか?」
「ああ、ついさっき顔だけ見てきたよ。簡単な挨拶も済ませてきた」
先を越された……
ハミルは微妙な表情を見せる。
メルフィスが何を考えているのか、表情や言葉から探りたい。
しかし、メルフィスのポーカーフェイスは一級品だった。
表情から心の内を探るなど、その道のプロでも難しいだろう。
「中々肝も据わっているね。お前が気に入ったのもうなずけるよ」
「うっ……そうですか。兄上は?」
「私も気に入ったよ。あの容姿なら、隣に立たせるだけで華やかになる。まぁ現状では、それ以上でもないが」
メルフィスは小馬鹿にするような言い方でアイラを評価した。
これにはハミルも目を細め、不機嫌になる。
「あの娘の良さは、見た目だけではありませんよ?」
「そうか? 私には見当たらなかったがね」
二人は視線を合わせる。
睨み合う、とまではいかないものの、ぴりついた空気が漂う。
メルフィスは表情を崩していない。
最初から今に至るまでは、同じようにニコニコしている。
それが作り笑いだと気づけるのは、肉親である彼らだけだろう。
「それをわざわざ確かめに?」
「いや、私もそこまで暇ではないよ。一人で街を出歩いているお前と違ってね」
メルフィスは皮肉交じりにそう言った。
これにはハミルも言い返せない。
実際、他国を相手にしているメルフィスのほうがずっと大変だと知っているから。
「これを見ておけ」
そう言って、メルフィスは厚めの紙で出来た薄い本を数冊手渡した。
受け取ったハミルが尋ねる。
「これは?」
「お前に来ている見合いの話だ」
「見合……」
「そう驚くことでもあるまい。お前はアトワール王国第二王子だ」
ハミルはごくりと息を飲み、手渡された本を開く。
見合い相手になっているのは四人。
一人は国内の令嬢だが、他の三人はちょうどメルフィスが相手にしている他国の令嬢だった。
「お前も今年で二十歳を超えた。そろそろ婚約者の候補ぐらいは、見つけておけなければならないだろう?」
「しかしこれは……」
文字通りの政略結婚。
彼が提示した相手は、結婚することでアトワール王国の利益につながる。
メルフィスもそういう意味で言っている。
「何だ? 他に決めているの相手でもいるのか?」
「そ、それは……」
「まさかと思うが、あの娘ではないだろうな?」
「っ……」
ハミルは言葉を詰まらせる。
図星だとしても、軽々に発言できるような状況ではない。
相手は第一王子、いずれこの国の長になる者。
そして自分は第二王子、同じく王族で、多くの責任が付きまとう。
故に、婚約者選びも慎重になるべきだ。
「違うのならば良い。他にいないのなら、その見合いは少なくとも一人は受けてもらうぞ」
「……時期はいつ頃でしょう?」
「そうだな。私の対談が終わって少し経った頃が良いだろう。特に選ばないなら、私が選んで先方には連絡しておこう」
「……ならばもし、それまでに決まった相手が見つかったら?」
「それはもちろん見合いはしなくて良い。ただ、私を含む皆が認める相手でなければ、到底務まらないがね」
メルフィスは暗に伝えている。
今、ハミルが心に浮かべている女性では、誰も納得しないだろうと。
彼女は聖女だが、元々この国の人間ではない。
加えてその力を持っているだけで、何かを成し遂げた者でもないのだ。
そんな相手では認められない。
「念のために言っておくが、王族である以上……感情だけで決められることは少ない。私もお前も、王族としての責を背負っているからな」
「それはわかっています」
「そうか? ならばそれに見合った働きを見せろ。婚約者選びもそのうちの一つに過ぎない」
そう言って、メルフィスはハミルに背を向ける。
言いたいことだけ伝えて、部屋を出ようとした。
途中でピタリと止まる。
彼は背を向けたまま、ハミルに言う。
「ハミル、私は近いうちに王となる」
「父上がそうおっしゃったのですか?」
「ああ。父上も年だかな。あまり無理は出来ない。だから今回の対談も、自身ではなく次期王である私に行かせたんだ」
「そう……だったのですね」
ハミルはまだ聞かされていなかった。
この国の王は、代を替えようとしている。
「そうなれば、今まで私に向けられていた期待が、全て第一王子であるお前に向けられる」
メルフィスが王となれば、ハミルが第一王子の地位につく。
その期待は大きい。
ハミルの一挙手一投足を、国民は注視しているだろう。
だからこそ、王子らしく振舞えと言っている。
わかっている。
そんなことは、ずっと前からわかっている。
でも――
「お言葉ですが兄上。仮に時間が経とうとも、私の心は変わりません」
「ふんっ、なら私を納得させてみよ」
王国の現状を伝達するためだが、近況報告もかねてだ。
その手紙の中に、聖女として聖堂に入ったアイラのことも書いてある。
本当は書くつもりもなかったのに、つい筆がのっちゃったんだよなぁ……
と、心の中で呟くハミル。
そういう話を聞いて、メルフィスが何もしないなんてありえない。
ハミルはそれをよく知っている。
なぜならもちろん、二人が兄弟だから。
「手紙に書いてあった通り、綺麗な髪と瞳をした子だったね」
「もう会われたのですか?」
「ああ、ついさっき顔だけ見てきたよ。簡単な挨拶も済ませてきた」
先を越された……
ハミルは微妙な表情を見せる。
メルフィスが何を考えているのか、表情や言葉から探りたい。
しかし、メルフィスのポーカーフェイスは一級品だった。
表情から心の内を探るなど、その道のプロでも難しいだろう。
「中々肝も据わっているね。お前が気に入ったのもうなずけるよ」
「うっ……そうですか。兄上は?」
「私も気に入ったよ。あの容姿なら、隣に立たせるだけで華やかになる。まぁ現状では、それ以上でもないが」
メルフィスは小馬鹿にするような言い方でアイラを評価した。
これにはハミルも目を細め、不機嫌になる。
「あの娘の良さは、見た目だけではありませんよ?」
「そうか? 私には見当たらなかったがね」
二人は視線を合わせる。
睨み合う、とまではいかないものの、ぴりついた空気が漂う。
メルフィスは表情を崩していない。
最初から今に至るまでは、同じようにニコニコしている。
それが作り笑いだと気づけるのは、肉親である彼らだけだろう。
「それをわざわざ確かめに?」
「いや、私もそこまで暇ではないよ。一人で街を出歩いているお前と違ってね」
メルフィスは皮肉交じりにそう言った。
これにはハミルも言い返せない。
実際、他国を相手にしているメルフィスのほうがずっと大変だと知っているから。
「これを見ておけ」
そう言って、メルフィスは厚めの紙で出来た薄い本を数冊手渡した。
受け取ったハミルが尋ねる。
「これは?」
「お前に来ている見合いの話だ」
「見合……」
「そう驚くことでもあるまい。お前はアトワール王国第二王子だ」
ハミルはごくりと息を飲み、手渡された本を開く。
見合い相手になっているのは四人。
一人は国内の令嬢だが、他の三人はちょうどメルフィスが相手にしている他国の令嬢だった。
「お前も今年で二十歳を超えた。そろそろ婚約者の候補ぐらいは、見つけておけなければならないだろう?」
「しかしこれは……」
文字通りの政略結婚。
彼が提示した相手は、結婚することでアトワール王国の利益につながる。
メルフィスもそういう意味で言っている。
「何だ? 他に決めているの相手でもいるのか?」
「そ、それは……」
「まさかと思うが、あの娘ではないだろうな?」
「っ……」
ハミルは言葉を詰まらせる。
図星だとしても、軽々に発言できるような状況ではない。
相手は第一王子、いずれこの国の長になる者。
そして自分は第二王子、同じく王族で、多くの責任が付きまとう。
故に、婚約者選びも慎重になるべきだ。
「違うのならば良い。他にいないのなら、その見合いは少なくとも一人は受けてもらうぞ」
「……時期はいつ頃でしょう?」
「そうだな。私の対談が終わって少し経った頃が良いだろう。特に選ばないなら、私が選んで先方には連絡しておこう」
「……ならばもし、それまでに決まった相手が見つかったら?」
「それはもちろん見合いはしなくて良い。ただ、私を含む皆が認める相手でなければ、到底務まらないがね」
メルフィスは暗に伝えている。
今、ハミルが心に浮かべている女性では、誰も納得しないだろうと。
彼女は聖女だが、元々この国の人間ではない。
加えてその力を持っているだけで、何かを成し遂げた者でもないのだ。
そんな相手では認められない。
「念のために言っておくが、王族である以上……感情だけで決められることは少ない。私もお前も、王族としての責を背負っているからな」
「それはわかっています」
「そうか? ならばそれに見合った働きを見せろ。婚約者選びもそのうちの一つに過ぎない」
そう言って、メルフィスはハミルに背を向ける。
言いたいことだけ伝えて、部屋を出ようとした。
途中でピタリと止まる。
彼は背を向けたまま、ハミルに言う。
「ハミル、私は近いうちに王となる」
「父上がそうおっしゃったのですか?」
「ああ。父上も年だかな。あまり無理は出来ない。だから今回の対談も、自身ではなく次期王である私に行かせたんだ」
「そう……だったのですね」
ハミルはまだ聞かされていなかった。
この国の王は、代を替えようとしている。
「そうなれば、今まで私に向けられていた期待が、全て第一王子であるお前に向けられる」
メルフィスが王となれば、ハミルが第一王子の地位につく。
その期待は大きい。
ハミルの一挙手一投足を、国民は注視しているだろう。
だからこそ、王子らしく振舞えと言っている。
わかっている。
そんなことは、ずっと前からわかっている。
でも――
「お言葉ですが兄上。仮に時間が経とうとも、私の心は変わりません」
「ふんっ、なら私を納得させてみよ」