聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
Ⅵ
メルフィスは去っていく。
その後ろ姿を、ハミルは覚悟を胸に見つめていた。
「必ず……認めますよ、兄上」
不足しているものはわかっている。
王子である自分と釣り合うだけのものが、今の彼女にはない。
聖女であることは、この国では大きく影響しないからなおさらだ。
方法ならいくつかある。
ほとんどが偶然を始まりにしているから、何とも言い難いけど。
まぁその前にちゃんと、自分の想いを告げないとな。
ただ、もう少しだけ――
「待っていてくれるかい? アイラ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ありがとうございました! 聖女様」
「全ては主の御業です。貴女がこれまでに積んだ善行が、今の貴女を救ったのでしょう。これからも良い行いを心がけてくださいね」
「はい!」
最後の一人が聖堂から去っていく。
時計の針が午後五時を告げて、ちょうど鐘の音が鳴り響く。
「聖女様、お疲れさまでした」
「はい。ユレスさん、皆さんもありがとうございます」
「お疲れ様ですアイラ様! 今日もとっても素敵でした!」
「ふふふっ、ありがとうミスリナ」
私の役目はここまでだ。
後の片づけや掃除は、修道女の彼女たちがやってくれる。
いつもならすぐに帰宅する。
二人が帰ってくるより前に、夕飯の支度を済ませておきたいから。
でも、今日はちょっとソワソワしていた。
「メルフィス王子は本当に来られるのでしょうか?」
「殿下は嘘つきません。来られるとおっしゃられたなら、まず間違いなく来られます」
「では、しばらく待ちます」
「いいや、待たせることはないよ?」
聖堂の扉がガチャリと開いた。
噂をすれば、メルフィス王子の姿がある。
彼を見た途端、修道女たちはすぐさま膝をつく。
「いいよ。君たちには仕事があるのだろう? 私に構わずその役目を果たしておくれ」
メルフィス王子は優しく修道女たちにそう告げ、私のほうに目を向ける。
「こんばんは、聖女アイラ」
「こんばんは、メルフィス王子」
「務めは終わったようだね? この後少しだけ時間はあるかな?」
「はい」
「それは良かった。昼にも伝えたと思うけど、君に話したいことがあったからね」
私とメルフィス王子は向かい合う。
何度見ても、やっぱりハミルによく似ている。
兄弟だから当たり前なのだけど、何だか不思議な気分だ。
「ユレス司教、奥の部屋を貸してもらえるかな?」
「はい。ご自由にお使いください」
「感謝するよ。では聖女アイラ、少々ご一緒していただけるかな?」
そう言って、メルフィス王子は手を差し伸べてきた。
まるで姫様にダンスを誘うかのように。
私は少し照れながら、その手をとって二人で応接室に向う。
応接室に入ったら、私たちは向かい合って座った。
「さて、お務め疲れているのにすまないね」
「いえ、お気になさらないでください。私もメルフィス王子とは、こうして一度お話をしたみたいと思っておりましたので」
「へぇ、それはまたどうして?」
「ハミ――」
あれ?
これって話してもいいことだったかしら?
でも私を推薦してくれたのはハミル王子だし、交流があるのは不自然じゃないか。
と、悩んでいるとメルフィス王子から言う。
「ハミルから聞いていたかい?」
「えっ、あ、はい。そうです」
「そうか。変なことを言っていなければいいが」
「変なことなんて一つもありません! ハミル王子はメルフィス王子のことを心から敬愛しておりました」
だからこそ、私も一度はこうして話してみたいと思っていた。
ハミルが話すお兄さんが、どんな人なのかをこの目で見てみたかったから。
「ならばよかったよ」
「あの、メルフィス王子はどうしてこちらに? 確か王子は今、大切なお仕事で国外にいると」
「ああ、ちょっと用事があって戻って来たんだよ。そのうちの一つ、ハミルへの縁談話をさっき済ませてきた所さ」
「え、縁談!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
そんな私を見て、メルフィス王子は笑う。
「はっはははは! あいつも君も、本当にわかりやすいな」
「っ……も、申し訳ありません」
「謝ることではないさ。しかしそうか、君も……」
メルフィス王子は切なげな表情をして目を伏せる。
彼の表情の意味も気になったけど、今はそれ以上に知りたいことがある。
「あ、あの、ハミル王子は縁談を……」
「受けるしかないよ。今は特にね」
「そう……ですか」
「ただ、あいつは受ける気なんてサラサラないようだ。生意気にも私にそう言ったからね」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。それにしても、君はあいつ以上に表情が軽いな」
「えっ、あ――」
嬉しさが表情に出てしまっていたようだ。
慌てて戻そうとしても、見られているから手遅れ。
「その顔見れば、君があいつをどう思っているのかわかる」
「……」
「だが、あいつが王子である以上、簡単にはいかない道だ。あいつなりに考えてはいるようだったが、中々どうして難しい。私もあいつも、王子だからな」
その言葉の意味を、私は深く理解している。
簡単じゃない。
「私から一つだけ助言をしよう。君に足りない実績を、君自身で掴み取りなさい」
「私……で?」
「そうだ。あいつと一緒にいたいのなら、周りを納得させる理由がいる。それを作るには、あいつの立場が邪魔をしてしまう。権力や金を使えば、いくらでも誤魔化せる立場だ。快く思わない者も少なからずいる」
「だから私が……」
隣に立てる人間になるには、足りない物が多い。
それはきっと、彼一人でも補えない。
要するにメルフィス王子は、私にも頑張れと言ってくれているんだ。
「私からは以上だ。お邪魔したね」
「メルフィス王子! 私……頑張ります!」
「ああ、期待しているよ。それとこの話は、あいつには内緒でね?」
メルフィス王子いたずらな笑顔を見せる。
今までの笑顔が作り物だったかのような、無邪気で楽しそうな笑顔だ。
その後ろ姿を、ハミルは覚悟を胸に見つめていた。
「必ず……認めますよ、兄上」
不足しているものはわかっている。
王子である自分と釣り合うだけのものが、今の彼女にはない。
聖女であることは、この国では大きく影響しないからなおさらだ。
方法ならいくつかある。
ほとんどが偶然を始まりにしているから、何とも言い難いけど。
まぁその前にちゃんと、自分の想いを告げないとな。
ただ、もう少しだけ――
「待っていてくれるかい? アイラ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ありがとうございました! 聖女様」
「全ては主の御業です。貴女がこれまでに積んだ善行が、今の貴女を救ったのでしょう。これからも良い行いを心がけてくださいね」
「はい!」
最後の一人が聖堂から去っていく。
時計の針が午後五時を告げて、ちょうど鐘の音が鳴り響く。
「聖女様、お疲れさまでした」
「はい。ユレスさん、皆さんもありがとうございます」
「お疲れ様ですアイラ様! 今日もとっても素敵でした!」
「ふふふっ、ありがとうミスリナ」
私の役目はここまでだ。
後の片づけや掃除は、修道女の彼女たちがやってくれる。
いつもならすぐに帰宅する。
二人が帰ってくるより前に、夕飯の支度を済ませておきたいから。
でも、今日はちょっとソワソワしていた。
「メルフィス王子は本当に来られるのでしょうか?」
「殿下は嘘つきません。来られるとおっしゃられたなら、まず間違いなく来られます」
「では、しばらく待ちます」
「いいや、待たせることはないよ?」
聖堂の扉がガチャリと開いた。
噂をすれば、メルフィス王子の姿がある。
彼を見た途端、修道女たちはすぐさま膝をつく。
「いいよ。君たちには仕事があるのだろう? 私に構わずその役目を果たしておくれ」
メルフィス王子は優しく修道女たちにそう告げ、私のほうに目を向ける。
「こんばんは、聖女アイラ」
「こんばんは、メルフィス王子」
「務めは終わったようだね? この後少しだけ時間はあるかな?」
「はい」
「それは良かった。昼にも伝えたと思うけど、君に話したいことがあったからね」
私とメルフィス王子は向かい合う。
何度見ても、やっぱりハミルによく似ている。
兄弟だから当たり前なのだけど、何だか不思議な気分だ。
「ユレス司教、奥の部屋を貸してもらえるかな?」
「はい。ご自由にお使いください」
「感謝するよ。では聖女アイラ、少々ご一緒していただけるかな?」
そう言って、メルフィス王子は手を差し伸べてきた。
まるで姫様にダンスを誘うかのように。
私は少し照れながら、その手をとって二人で応接室に向う。
応接室に入ったら、私たちは向かい合って座った。
「さて、お務め疲れているのにすまないね」
「いえ、お気になさらないでください。私もメルフィス王子とは、こうして一度お話をしたみたいと思っておりましたので」
「へぇ、それはまたどうして?」
「ハミ――」
あれ?
これって話してもいいことだったかしら?
でも私を推薦してくれたのはハミル王子だし、交流があるのは不自然じゃないか。
と、悩んでいるとメルフィス王子から言う。
「ハミルから聞いていたかい?」
「えっ、あ、はい。そうです」
「そうか。変なことを言っていなければいいが」
「変なことなんて一つもありません! ハミル王子はメルフィス王子のことを心から敬愛しておりました」
だからこそ、私も一度はこうして話してみたいと思っていた。
ハミルが話すお兄さんが、どんな人なのかをこの目で見てみたかったから。
「ならばよかったよ」
「あの、メルフィス王子はどうしてこちらに? 確か王子は今、大切なお仕事で国外にいると」
「ああ、ちょっと用事があって戻って来たんだよ。そのうちの一つ、ハミルへの縁談話をさっき済ませてきた所さ」
「え、縁談!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
そんな私を見て、メルフィス王子は笑う。
「はっはははは! あいつも君も、本当にわかりやすいな」
「っ……も、申し訳ありません」
「謝ることではないさ。しかしそうか、君も……」
メルフィス王子は切なげな表情をして目を伏せる。
彼の表情の意味も気になったけど、今はそれ以上に知りたいことがある。
「あ、あの、ハミル王子は縁談を……」
「受けるしかないよ。今は特にね」
「そう……ですか」
「ただ、あいつは受ける気なんてサラサラないようだ。生意気にも私にそう言ったからね」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。それにしても、君はあいつ以上に表情が軽いな」
「えっ、あ――」
嬉しさが表情に出てしまっていたようだ。
慌てて戻そうとしても、見られているから手遅れ。
「その顔見れば、君があいつをどう思っているのかわかる」
「……」
「だが、あいつが王子である以上、簡単にはいかない道だ。あいつなりに考えてはいるようだったが、中々どうして難しい。私もあいつも、王子だからな」
その言葉の意味を、私は深く理解している。
簡単じゃない。
「私から一つだけ助言をしよう。君に足りない実績を、君自身で掴み取りなさい」
「私……で?」
「そうだ。あいつと一緒にいたいのなら、周りを納得させる理由がいる。それを作るには、あいつの立場が邪魔をしてしまう。権力や金を使えば、いくらでも誤魔化せる立場だ。快く思わない者も少なからずいる」
「だから私が……」
隣に立てる人間になるには、足りない物が多い。
それはきっと、彼一人でも補えない。
要するにメルフィス王子は、私にも頑張れと言ってくれているんだ。
「私からは以上だ。お邪魔したね」
「メルフィス王子! 私……頑張ります!」
「ああ、期待しているよ。それとこの話は、あいつには内緒でね?」
メルフィス王子いたずらな笑顔を見せる。
今までの笑顔が作り物だったかのような、無邪気で楽しそうな笑顔だ。