聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
Ⅷ
クレンベルでは毎年同じ時期に、強めの感染症が流行する。
ちょうど寒さが強くなってきた頃で、気温の変化から体調を崩す者が多い。
弱った所にその感染症は特に効く。
症状は風邪とほとんど一緒だけど、強さは倍以上違うから、成人でも放っておくと命を落とす危険性がある。
「そうだったのですね。だから咳込んでいる人をよく見かけるのですか」
「ええ。毎年のことですが、中々厄介な病気のようです。年を経る度に形を変えて、昨年の薬も効かないとか」
お昼休憩の時間に、ユレスさんから話を聞いていた。
最近の聖堂にくる人たちの中にも、体調が優れないという方が多い。
マスクという口と鼻を覆う布をして、感染症の予防に努めている人もチラホラ見受けられた。
ユレスさんの話で、そこの疑問が解決された。
「流行期は二か月以上続きますから、聖女様もお気をつけください」
「はい、ありがとうございます」
と答えつつも、自分は大丈夫だと確信する。
なぜなら私は聖女だから。
聖女は病にかからない。
悪魔の呪いとか、そういう特別なものを除いて、あらゆる毒や病に抵抗力がある。
聖女になってからは、私と姉妹二人とも、病気にかかったことはない。
心配事があるとすれば、私よりも彼のことだ。
その日の夕暮れ。
私が裏庭で寛いでいると、ハミルが壁を越えてやってきた。
いつも通りに隣へ座って、近況を報告し合う中で、流行病の話になる。
「ハミルは大丈夫なの?」
「まぁな、今のところは平気だ。元々身体は丈夫な方だし、あんまり風邪もひいたことないからな」
「そっか。もしも辛かったら早く教えてね? 私の祈りなら、病も治せるから」
「ああ、そうなったら言うよ。だが、街ではすでに流行り始めている。それも今年のはちょっと厄介らしいんだ」
「厄介?」
ハミルが目を細め、真剣な表情を見せる。
「毎年薬が効かなくなるって話は聞いてるよな?」
「ええ」
「今年も例にもれずそうらしいんだが、今回は特に強力らしい。王城の医療班の話を盗み聞きしたら、例年の三倍の感染力って聞こえたからな」
「そ、そうなんだね」
この際、盗み聞きという単語には触れないことにする。
たぶんいつも通りなのだろうから。
それより例年の三倍というほうが強烈だ。
例年を知らない私でも、三倍と聞けばとても危険だと察しが付く。
「王城でもせっせと対策を練っている最中だな」
「そっか……ハミルもあんまり出歩かないほうがいいんじゃない?」
「……それは父上にも言われたよ」
王子であるハミルが感染したら、いろんな意味で大事に発展しかねない。
特に王城内でパンデミックでもしたあかつきには、国を揺るがす大騒動だ。
不用意に出歩くのは良くないと、国王様がいうのもわかる。
ただ、それでも会いに来てくれることにも、私は嬉しいと感じてしまう。
「なるべく迷惑はかけないようにするさ。今日もこれで帰るよ」
「うん」
普段より時間の短い対面だった。
ちょっと寂しいけど、立場があるし仕方がない。
互いに手を振って、その日は別れた。
その翌日から、街中で感染症が一気に流行し始めた。
通り過ぎる人は全員マスクをしている。
咳込んでいる人の数も、たった一日たらずでかなり増えた印象だ。
高熱と倦怠感に襲われて、家から出られなくなる者も多いと聞く。
そういった影響もあって、聖堂に訪れる人も減っていた。
「ごほっ……ぅ~」
「大丈夫ですか? ユレスさん」
「あ、あぁ……すまないね」
「司教様、もしかして流行病に?」
ミスリナが心配そうに尋ねた。
ユレスさんは辛そうな表情で答える。
「かもしれないですね。毎年のことで気を付けてはいたのですが……ごほっ!」
ユレスさんは今年で六十になる。
世間一般でいう高齢な彼にとって、流行病は命を蝕む。
「ユレスさん」
「聖女様?」
「主よ――我が同胞に癒しの力を与えたまえ」
ユレスさん白いヴェールで包まれる。
癒しの祈りは、どんな病でも感知させられる力。
流行病にも、効果を発揮してくれる。
「どうでしょうか?」
「身体が……軽くなりました。ありがとうございます」
「いえ、ユレスさんは私たちの大切な司教様ですから」
「凄いですアイラ様! 流行病も治せてしまうなんて」
「ふふっ、ありがとう。他に体調が悪い人はいませんか?」
修道女がポロポロと手をあげる。
我慢していた子たちも多い様子だ。
神に仕える者として、病に屈してはならない。
私は修道女たちに癒しの加護を施した。
そこへ――
ガチャリと扉が開く。
現れたのはハミルだった。
裏庭の壁を登ってくる彼が、堂々と正面から入ってくるなんて珍しい。
それも王城の兵隊を一緒につれている。
「ハミル王子?」
「急な訪問ですまない。聖女アイラ、君に王子として話があるのだが」
彼は王子として、と前置きをした。
つまりそれは、王族として頼みたいことがあるという意味だ。
私は頷き、それに答える。
「わかりました」
「感謝する。司教殿、奥の部屋を借りてもいいか?」
「ええ、もちろんでございます」
私たちは応接室に向う。
お連れの兵士は部屋の外で待たせて、私とハミルだけが部屋に入った。
そして、ハミルが真剣な表情で私に言う。
「単刀直入に言う。聖女としての君に、協力してもらいたいことがあるんだ」
ちょうど寒さが強くなってきた頃で、気温の変化から体調を崩す者が多い。
弱った所にその感染症は特に効く。
症状は風邪とほとんど一緒だけど、強さは倍以上違うから、成人でも放っておくと命を落とす危険性がある。
「そうだったのですね。だから咳込んでいる人をよく見かけるのですか」
「ええ。毎年のことですが、中々厄介な病気のようです。年を経る度に形を変えて、昨年の薬も効かないとか」
お昼休憩の時間に、ユレスさんから話を聞いていた。
最近の聖堂にくる人たちの中にも、体調が優れないという方が多い。
マスクという口と鼻を覆う布をして、感染症の予防に努めている人もチラホラ見受けられた。
ユレスさんの話で、そこの疑問が解決された。
「流行期は二か月以上続きますから、聖女様もお気をつけください」
「はい、ありがとうございます」
と答えつつも、自分は大丈夫だと確信する。
なぜなら私は聖女だから。
聖女は病にかからない。
悪魔の呪いとか、そういう特別なものを除いて、あらゆる毒や病に抵抗力がある。
聖女になってからは、私と姉妹二人とも、病気にかかったことはない。
心配事があるとすれば、私よりも彼のことだ。
その日の夕暮れ。
私が裏庭で寛いでいると、ハミルが壁を越えてやってきた。
いつも通りに隣へ座って、近況を報告し合う中で、流行病の話になる。
「ハミルは大丈夫なの?」
「まぁな、今のところは平気だ。元々身体は丈夫な方だし、あんまり風邪もひいたことないからな」
「そっか。もしも辛かったら早く教えてね? 私の祈りなら、病も治せるから」
「ああ、そうなったら言うよ。だが、街ではすでに流行り始めている。それも今年のはちょっと厄介らしいんだ」
「厄介?」
ハミルが目を細め、真剣な表情を見せる。
「毎年薬が効かなくなるって話は聞いてるよな?」
「ええ」
「今年も例にもれずそうらしいんだが、今回は特に強力らしい。王城の医療班の話を盗み聞きしたら、例年の三倍の感染力って聞こえたからな」
「そ、そうなんだね」
この際、盗み聞きという単語には触れないことにする。
たぶんいつも通りなのだろうから。
それより例年の三倍というほうが強烈だ。
例年を知らない私でも、三倍と聞けばとても危険だと察しが付く。
「王城でもせっせと対策を練っている最中だな」
「そっか……ハミルもあんまり出歩かないほうがいいんじゃない?」
「……それは父上にも言われたよ」
王子であるハミルが感染したら、いろんな意味で大事に発展しかねない。
特に王城内でパンデミックでもしたあかつきには、国を揺るがす大騒動だ。
不用意に出歩くのは良くないと、国王様がいうのもわかる。
ただ、それでも会いに来てくれることにも、私は嬉しいと感じてしまう。
「なるべく迷惑はかけないようにするさ。今日もこれで帰るよ」
「うん」
普段より時間の短い対面だった。
ちょっと寂しいけど、立場があるし仕方がない。
互いに手を振って、その日は別れた。
その翌日から、街中で感染症が一気に流行し始めた。
通り過ぎる人は全員マスクをしている。
咳込んでいる人の数も、たった一日たらずでかなり増えた印象だ。
高熱と倦怠感に襲われて、家から出られなくなる者も多いと聞く。
そういった影響もあって、聖堂に訪れる人も減っていた。
「ごほっ……ぅ~」
「大丈夫ですか? ユレスさん」
「あ、あぁ……すまないね」
「司教様、もしかして流行病に?」
ミスリナが心配そうに尋ねた。
ユレスさんは辛そうな表情で答える。
「かもしれないですね。毎年のことで気を付けてはいたのですが……ごほっ!」
ユレスさんは今年で六十になる。
世間一般でいう高齢な彼にとって、流行病は命を蝕む。
「ユレスさん」
「聖女様?」
「主よ――我が同胞に癒しの力を与えたまえ」
ユレスさん白いヴェールで包まれる。
癒しの祈りは、どんな病でも感知させられる力。
流行病にも、効果を発揮してくれる。
「どうでしょうか?」
「身体が……軽くなりました。ありがとうございます」
「いえ、ユレスさんは私たちの大切な司教様ですから」
「凄いですアイラ様! 流行病も治せてしまうなんて」
「ふふっ、ありがとう。他に体調が悪い人はいませんか?」
修道女がポロポロと手をあげる。
我慢していた子たちも多い様子だ。
神に仕える者として、病に屈してはならない。
私は修道女たちに癒しの加護を施した。
そこへ――
ガチャリと扉が開く。
現れたのはハミルだった。
裏庭の壁を登ってくる彼が、堂々と正面から入ってくるなんて珍しい。
それも王城の兵隊を一緒につれている。
「ハミル王子?」
「急な訪問ですまない。聖女アイラ、君に王子として話があるのだが」
彼は王子として、と前置きをした。
つまりそれは、王族として頼みたいことがあるという意味だ。
私は頷き、それに答える。
「わかりました」
「感謝する。司教殿、奥の部屋を借りてもいいか?」
「ええ、もちろんでございます」
私たちは応接室に向う。
お連れの兵士は部屋の外で待たせて、私とハミルだけが部屋に入った。
そして、ハミルが真剣な表情で私に言う。
「単刀直入に言う。聖女としての君に、協力してもらいたいことがあるんだ」