聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

「流行病のことですか?」
「ああ、その通りだ」

 かしこまった話し方をするハミル。
 部屋の壁は薄いから、会話は外の兵士に聞かれている。
 いつも通りに話せないもどかしさを感じたのか、互いに小さく微笑む。

「君も知っている通り、クレンベルは現在感染症の流行期に入っている。毎年のことではあるが、今回の病は一味違う。研究班にも動いてもらっているが、どうやら全く別のウイルスに変化しているらしい」
「全く別?」
「そうだ。つまり、薬も従来通りのタイプでは効果がない。今は急いで、新種のウイルスに対抗できる薬を開発してもらっているが……」
「間に合っていない、ですね?」

 ハミルがこくりと頷く。
 この間に聞いた話より、感染症の強さが増している感じがする。
 私は事の重大さを再認識しつつ、彼の話に耳を傾ける。

「進行も早い。子供やお年寄りは免疫力も低く、一度罹患してしまうと命の危険が伴う。すでにクレンベル内だけの死者が百を超えてしまった」
「そ、そんなにたくさん?」
「ああ、これは由々しき事態だ」

 ハミルの深刻そうな表情が、全てを物語っている。
 私が考えていた以上に、クレンベルの街は良くない状況に陥っているようだ。

「城の者たちも頑張ってはくれている。だがはやり時間が足りない。このまま放置すれば、さらにたくさんの死者が出てしまう。そこで君に協力してもらいたいのは、感染してしまった人々の治療だ」

 やっぱりそうか。
 内容は話される前から察していた。
 治療法の確立されていない新種のウイルスによる感染症。
 進行が早く、免疫力の低い者ならわずか数日で死に至る。
 とても危険な病だけど、聖女の祈りなら癒すことが出来る。
 
「薬が完成するまでの間で構わない。街の人々を癒し、一人でも多くの民を救ってほしい」

 ハミルはそう言って頭を下げた。
 王子が一般人に頭を下げるなんて、普通はありえないことだ。
 たとえ彼でも……それほどに切迫した状況だというもの。
 神にも縋りたい気分なのかもしれない。

「わかりました。これも主のお導きでしょう。私の祈りが人々を救うのなら、喜んでお受けいたします」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」

 ほっと安堵した表情を見せるハミル。
 この時、偶然にも考えていることは一致していた。

 この悲劇はチャンスに変えられる。
 人々を救い導いた正真正銘の聖女――
 立派に役目を果たせば、私はこの国にとって必要な存在として認識されるかもしれない。
 メルフィス王子の言っていた実績にも数えられるだろう。
 このまま放っておけば、街中を呑み込んだ悲劇となってしまう。
 だから、私の力で喜劇に変えてしまおう。
 その先にある未来を掴むために。

「では頼むぞ、聖女アイラ」
「お任せください。ハミル王子」

 目指す場所は同じだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌日からハミルの指示に従い、大聖堂で患者の受け入れが始まった。
 至近距離の接触による感染拡大を防止するため、普段通りの相談や懺悔は一時的に止めている。
 それなのに……

「こ、こんなにたくさん?」

 ミスリナが驚くのも無理はない。
 大聖堂が開く前から、すでに今までの倍以上の人たちが列を作っている。
 これはこれで良くない光景だ。

「聖女様、少し早いですが」
「はい。皆さんを中へ」

 私は気合を入れ直した。
 扉を開けた途端、聖堂へ人が流れ込んでくる。
 聖女の力は万能だけど、全能ではない。
 癒しの祈りを施せるのは、一度に三人までが限界だ。
 加えて私自身の体力も消耗する。
 定刻である夕方まで、押し寄せる人々に祈り続けなければならない。

「お願いだからもってね」

 私は自分にしか聞こえない小さな声で、自分自身に訴えかけた。
 そして正午。
 一旦休憩を挟み、午後に備える。

「ふぅ……」

 さすがにきつい。
 一日に何人も癒した経験はあっても、この人数は生まれて初めてだ。
 何より違うのは、私一人だということ。
 前の国で聖女として活動していた頃は、妹二人とも負担を分け合っていた。
 その大切さが身に染みる。
 そして、やっぱり寂しいと思ってしまう。
 修道女たちやユレスさんも一緒だけど、この大変さを共有できるのは自分一人だけだ。
 
 こんな時こそ、私は思ってしまう。
 ハミルに会いたいと。

「……駄目ね、私は」

 何のために私はこのお願いを引き受けたの?
 街の人たちを、ハミルを助けるため。
 その先にある未来を掴み取るためでしょ。
 だったらこんな所で弱音を吐いている暇はないわ。
 まだ一日目。
 これが明日も明後日も続く。
 もしかすると、もっと先まで続くかもしれない。

 パンと自分の頬をたたく。

「頑張らなくっちゃ!」

 午後のお務めに向う。
 すでに待っている人たちも多く、残り時間で全員を見ることは難しい。
 絶え間なく、休みなく次へと並んでいる。
 私はひたすらに祈りを捧げ続けた。
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