聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

 彼の顔の近さが恥ずかしくて、思わず突き飛ばしてしまった。

「いった! いきなり何するんだよ!」
「か、顔が近すぎるから!」
「そっちが転ぶからだろ? 助けたのに酷い仕打ちだな」
「そ、それは……」

 よく見ると、彼の膝が擦り剝けている。
 さっき助けてくれた時、膝を地面にこすりつけてしまったのだろう。
 私の視線に気づいた彼は、自分の膝を見て言う。

「ん? あー擦りむいてるな。まぁこれくらい平気だろ」
「駄目だよ」

 私はハッキリとそう答えて、彼の膝に手をかざす。

「ごめん。私の所為で出来た怪我だから、私が治すわ」
「何だお前? 治癒魔法が使え――」

 祈りの光が彼の膝を包み込む。
 それを一目見て、彼は驚き目を丸くしていた。

「これで大丈夫ね。痛みはない?」
「……お前」
「ん?」
「何だよ今の……魔法じゃないよな?」
「えっあ……」

 しまった、と心の中で思う。
 聖女の力を見せびらかせば、どういう反応をされるかわかっていたのに。
 身体が勝手に動いてしまった。
 私は目をそらし、回答を濁らせる。

「た、ただの魔法だよ?」
「侮るなよ。今のが魔法じゃないことくらい俺でもわかる。そもそも見ない顏だな?」
「そ、それはこの間来たばかりだから」

 じーっと彼が見つめる。
 疑いの目にさらされ、私は追い詰められた子ウサギの気分だ。

「まっ、いいか」
「えっ」
「話したくないなら無理には聞かないさ。それより何でこんな場所にいたんだ? 俺が言うのも変だけど、ここってあんまりおもしろい場所でもないぞ」

 それは見ればわかる。
 ただの空き地だし、人気も少ない。
 ここにいたのは単に、人から離れたいと思ったから。
 盛大に落ち込んでいたからだ。

「何かしてたのか?」
「ううん。ただ、現実は厳しいなーって思ってただけ」
「はっ、そりゃそうだろ。何もかも思い通りにいくとか、そんな風にはならない」
「そうだね……思い知ったよ」

 この時は知らなかったけど、ハミルは王子だから、私以上に儘ならないことが多かったに違いない。
 彼の言葉には、それくらいの深みがあった。

「でも、無理だーって諦めるのは悔しいからさ。俺は現実(それ)を、甘んじて受け入れるなんて御免だね」

 だからこそ、彼がそう言った時は心が震えた。

「行きたい場所があるなら突き進め。ほしい物があるなら掴み取れ。何かを成し遂げたいなら、それに見合った努力をしてみる。そうやって現実に挑んでみるのも、悪くないんじゃないかって思うんだよ」

 真っすぐで強い意志を感じる。
 彼の中には最初からあったんだと思う。
 何があっても揺らがない自分が。

「何か変な話になったな。まぁあれだ、ここであったのも何かの縁だし、相談くらいにはのってやれるぞ?」

 ハミルは笑顔でそう言ってくれた。
 嬉しかったし、心強いと思えた。
 だから私は、精一杯の感謝を言葉と笑顔に込めて返した。

「ありがとう」

 その後は彼に、ここに至るまでの話をした。
 不思議なことに、彼には秘密もすんなり話せてしまったんだ。
 聖女であることには驚いていたけど、態度を変に変えたりしない。
 大聖堂を紹介してくれたのもハミルで、お陰でこの街でやることを見つけられた。
 あの日からずっと、私とハミルは関わるようになった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 懐かしい記憶を思い返す。
 あの出会いがなかったら、私はどうしていたのかな?
 今となっては考えられないし、考えたくもない。

「変わらないよね、ハミルは」
「そんなことないさ。少なくとも一つ、確実に変わったことがあるぞ」
「そうなの?」
「ああ」

 そう言って、彼は私の手を優しく握る。

「お前のことを、もっと好きになれた」

 不意打ちの告白に、何も言葉が出てこない。
 私は口を開いたまま、ぼーっと彼を見つめる。
 そんな私の手をさらに強く握って、彼は続けて言う。

「今だから言うけど、最初は一目ぼれだったんだよ」
「そ、そうなの?」

 ハミルはこくりと頷いて続ける。 

「容姿に惹かれて、声に惹かれて、性格に惹かれて、生き方に惹かれて……今じゃお前との未来しか考えていない。そのくらい好きになったよ」

 なんて……恥ずかしいセリフを堂々と言えるのだろう。
 聞いている私のほうが恥ずかしくて、彼の顔を直視できない。

「前にさ。兄上に言われたんだよ」
「お兄さん?」

 王族である以上、感情だけで決められることは少ない。
 私もお前も、王族としての責を背負っているからな――

「あの時はちゃんと言い返せなかった。気持ちは決まっていたのに、情けないと思ったよ」

 メルフィス王子が私の所に来る前だろう。
 身内には厳しい人だと聞いていたけど、ハミルにとっては痛い言葉だった。
 そしてそれは、私にも関係していることで、だからメルフィス王子は私にも助言をくれたんだと思う。
 やっぱりメルフィス王子は優しい人だ。
 弟のハミルが後悔しないように、陰で支えてくれている。

「だけど、今なら言える」
「ハミル?」
「アイラ、俺と婚約してくれないか?」
 
 それは、私が一番ほしかった言葉だった。
 今日まで頑張って来たのも、その一言を聞くためだった気がする。
 思い出がよみがえり、想いが激流となって全身を巡る。
 気を抜けば涙が出そうになるくらい、私の心は嬉しさで満ち溢れていた。
 私の答えは、ずっと前から決まっている。

「はい」 

 王子様と出会えた日から、私の物語は始まっていたんだ。
< 46 / 50 >

この作品をシェア

pagetop