聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

6

 私たちは屋敷へと戻った。
 とぼとぼ歩きながら、一言もしゃべることなく。
 自分の脚がこれほど重く感じたのは、生まれて初めての経験だった。
 きっと妹たちも同じだったはずだ。
 元気でおしゃべりなサーシャすら、俯いて黙り込んでいる。

 屋敷に到着して、陛下直轄の騎士たちが帰っていく。
 道中にチラッと見えたが、街の人たちは変わらず王城の近くまで押しかけているようだ。
 もしも私たちが彼らの前に出て行けば、どうなるか想像するのも恐ろしい。
 それと同じくらい、これが現実なのだと訴えかけてくるような光景は、私たちの心を揺らがせている。

 十分、三十分、一時間……

 三人が同じ部屋にいて、黙ったまま過ごした時間。
 頭の中では陛下に言われたことがループ再生している。
 感じているのは圧倒的な不安。
 それがいよいよピークに達して、サーシャが震えた声で私に尋ねてくる。

「ねぇアイラお姉ちゃん、ボクたち……どうすればいいの? 王様の言ってたみたいに、一人だけしか残れないの?」
「サーシャ……」
「嫌だよ……ボク、お姉ちゃんたちと離れたくない」
「私だって同じよ。でも……」

 陛下のおっしゃっていたことも理解できる。
 街で広まっている暴動は、私たちの誰かを犠牲にしなくては収まらない。
 日に日に過激さを増している所為もあって、陛下も余裕がない感じがした。

 再び嫌な静寂が訪れる。
 そんな中、カリナがぼそりと呟く。

「わたしは、たぶん聖女に相応しくない、と思う」
「カリナお姉ちゃん?」
「急に何言ってるの?」
「事実だから。わたしが残っても……迷惑をかけるだけ。だから、わたしは追い出されても仕方が――」
「ふざけないで!」

 カリナはびくりと反応した。
 私自身、こんなにも大きな声が出るなんて思っていなかったから、自分の声に驚いている。
 それくらい真剣に怒ったということだ。

「私たちは聖女である前に家族なのよ? 一人でも欠けたらだめに決まってるでしょ。それともカリナは、ここでお別れになってもいいの?」
「……嫌」

 私の質問に対する回答は、言葉よりも涙が早かった。
 カリナの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちている。

「やだよぁ……」
「私もよ。いじわる言ってごめんね」
「う、ぅ……」

 泣き崩れるカリナを、私はぎゅっと抱きしめる。
 サーシャも瞳をウルウルさせていたから、一緒に集まって抱きしめ合う。
 二人につられて、気づけば私の瞳からも、ポツリと涙が落ちる。

「お姉ちゃん」
「カリナ、サーシャちゃん」

 二人が名前を呼び合う。
 離れたくないという気持ちは、三人とも同じくらい強かった。
 
 そんな時――

「いやはや、実によい姉妹愛だねぇ~」

 パチパチと拍手の音がして、彼は部屋に入って来た。
 声で誰なのかわかっている。
 私たちはゆっくりと顔をあげ、扉の方を確認する。

「……デリント様」
「やぁアイラ、せっかくの美しい顔が崩れてしまっているじゃないか」

 私はごしごしと涙をぬぐい、妹たちを庇うように前に立つ。
 デリント王子の表情が、何かよからぬことを考えているように見えて不安になる。
 何よりこの状況で、普段と変わらずヘラヘラしていることが気に入らない。

「何の御用でしょうか?」
「おっと怖い顔だね。私は君の婚約者なんだよ?」
「まだ正式な婚約はしておりません」
「はっはっは、そうだったな。しかしまぁ、だからこそ良い提案が出来るというもの」
「提案?」
「そうだ。君たち三人でここに残るための、実に良心的な提案だよ」

 三人で残れる?
 その言葉に反応して、妹たちが彼に目を向ける。
 私も驚きながら、疑いつつ尋ねる。

「内容は?」
「簡単なことさ。この中の一人、例えば君が私と正式に婚約すればいい」
「それでは一人しか!」
「早とちりは感心しないな、アイラ。婚約するのは一人だが、残る二人の安全も私が保証しよう」

 デリント王子は両手を広げ、さながら大衆への演説のように語る。

「そうだな。私の持つ屋敷にしばらく匿ってあげよう。当分は外へ出られないと思うが、まぁじきに治まるだろう。二人にはその間、私の世話でもしてもらおうかな?」
「世話……?」
「何をすればいいんですか?」

 カリナとサーシャが尋ねた。
 純粋無垢な二人は、彼の言う意味がわからない。
 おそらく私だけが気付いていた。
 彼の言う世話が、いかがわしい内容であることは……

「それはもちろんお世話だよ。色々とね」

 彼もハッキリとは答えない。
 でも、ニヤニヤとした嫌な笑顔が全てを物語っている。
 要するに彼は、私たち三姉妹を自分の所有物にしたいだけだ。
 そうすれば王国での安全は保障してやると、交換条件をつきつけている。
 理解していない二人ではなく、私に対する要求で間違いない。

「さてどうする? 提案を受け入れるなら、今すぐにでも父上に――」
「申し訳ございません。しばらく考える時間を頂けないでしょうか?」
「――っ、まぁそうだろうな。ゆっくりと考えればいいさ」

 ここで回答をするわけにはいかない。
 頷いてしまえば、全てが彼の想い通りだから。
 デリント王子は小さな舌打ちをして、部屋から出ていこうとする。
 扉に手をかけ立ち止まり、チラッと私を見て言う。

「だが、選択肢は限られているぞ?」

 意地悪な助言を口にして、彼は部屋を出て行く。
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