小さな恋の始まり
それは、なんの前兆もなく突然で。付き合っていた彼女から一方的に別れを告げられた。
一方的に現れて、一方的に去って行ったけれど。
それなりに色々あった訳だし、それなりに落ち込む。
けだるい授業をとてもじゃないが受ける気になんてならなくて、一人学校から抜け出して近くの公園のベンチに横になった。
「はあ……」
思わず溜め息が漏れた。
なぜだろう。
空はこんなにも透き通っているというのに。
俺の心は、晴れずにいた。
見上げた空のあまりにも降り注ぐ太陽の光で、思わず目が眩みそうになった。
なにもかも忘れ去るかのように、そっと目を閉じる。
嫌なことも全部、忘れられたらいいのに。
「おにいちゃん、ないてるの?」
ふと、何処からか声がした。
視線を横にやると、そこには小さな女の子が立っていた。
「は……?」
泣いてる、誰が。
……俺が?
「泣いてねぇよ」
身体を起こして掠れた声で答えると、女の子と向き合った。
「なかないで。ゆめがこれあげるから」
"ゆめ"と名乗った可愛い女の子が小さな手で差し出した、大きな一粒の飴玉。
「くれんの?サンキューな」
小さな頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
「きゃはー」だなんて笑いながら嬉しそうな表情をする彼女を見て、……可愛いな、こいつ。だなんて。素直にそう思えた。
「ねぇ、おにいちゃん。おなまえなんていうの?」
「名前?……龍」
「りゅー?ふふ、かっこいいね」
「おまえも充分可愛いっつーの」
思わず、口角が上がってしまう。
「りゅー、もうなかないでね?」
「だから泣いてねぇって」
なんで慰められてんの、俺。
「俺さ、失恋したの」
「……しつれん?」
「ああ」
「しつれんってなぁに?」
「彼女が俺のこと、もう好きじゃなくなっちゃったんだよ」
「けっこんするつもりだった?」
「はは、結婚?そこまでは行かねぇけど…」
「じゃあゆめが、りゅうとけっこんする!そしたらりゅう、さみしくならずにすむでしょう?」
「ふっ、別に寂しくなんかねぇけど……。ゆめ、ありがとな」
つか、なんで俺は見ず知らずのガキにこんなことを話しているんだろうか。自分でも訳が解らない。
「りゅうのかみ、きれいだね」
「……髪?」
「うん!きらきらしてる」
ゆめは金髪の俺の頭を見て、満面の笑みで告げた。
キラキラ、か。
こんな髪の色で得したことなんてない。世間は批判ばっかりなのにな。
「そんなこと言ってくれるの、おまえだけだよ。」
「うん!」
「うんって……本当に意味分かってんの」
嗚呼、こいつと話しているとさっきまで凹んでいたのがまるで嘘みたいに。ちっぽけな悩みが、どうでもよくなってくる。
「ゆめー」
遠くで、ゆめを呼ぶ声。母親だろうか。
「あっ、ママだ」
「ゆめ。なにしてるのよ、もう。探したんだからね。ほら、早く帰るわよ」
「ママー。ゆめ、りゅうとおはなししてたんだよ」
こちらへ段々近付いて来る母親と目が合ったが、気まずそうな表情を浮かべた。
「……」
確かに、こんな昼間から制服を来た高校生が公園にいるなんて、理由はひとつしか考えられない。
いかにも学校をサボっていそうな俺の頭は案の定、こんな色だ。
決して、自分の子どもを近づけたいと思う母親はいないだろう。
「ほら行くよ。すみません、この子が」
「いえ」
ゆめの手を引っ張る母親に軽く会釈をし、しっかりと手を繋いで歩く二人の後ろ姿を座ったまま眺めた。
「りゅー、ばいばい」
後ろを振り返って手を振るゆめに手を振り返して、彼女から貰った飴玉を握り締めると再びベンチに仰向けになって、目を閉じた。
◇
数時間後
「おい、龍!起きろ!」
馬鹿みたいにでかい速人の声で、やっと目が覚めた。
「……あれ」
制服を直しながら身体を起こした。
周りを見渡すと、辺りはすっかり夕焼けの景色へと変わっている。
「……お前ずっと寝てたの?」
「まぁ」
「マジかよ」
「つーか、あいつ。ゆめは?」
「誰だよ、ゆめって。……新しい女?」
「あぁ、思いだした。バイバイしたんだった。」
「聞けよ、人の話を。つか龍ちゃんがバイバイって…、ふははは!」
「…何笑ってんだよ」
「で?ゆめちゃんて、可愛かった?」
「かなり」
「マジで!あーあ、俺もサボればよかった……」
「なんでそんなにマジで凹んでんだよ」
「ゆめーー!会いてえよー!」
周りの目を気にすることなく、公園の中心で大声で叫ぶ速人に溜息が漏れる。
「……相手幼稚園児だけどな」
「え、はあ!?」
「速人、うるさい」
「龍ちゃん、ついに年下に走った?」
「なんでだよ」
そんな、晴れた午後のある日