ワケあり女子高生、イケメン生徒会と同居します。
突然廊下に響き渡った声に、私は条件反射で扉から体を離して背筋を伸ばす。

おずおずと声のした方を向き直れば、そこにいたのはこちらへゆっくりとした足取りで向かってくる制服を着た男の子。

だ、誰だろう……?

ーギュッ。

強ばった体を落ち着かせるように、肩にかけた鞄を握りしめる私。

男の子と二人きりにだけはならないようにしなきゃいけなかったのに……。

林山くんたちから離れることに夢中で頭から抜けてた。

“何か”あっても、逃げられないのに──────────

「桜川さん」

「……えっ」

突然呼ばれた自分の名前に、私は弾かれたように男の子を見上げる。

なんで、私の名前……。

ある程度の距離まで近づいてきたその人は、ピタリと足を止めて優しく微笑んだ。

「僕は3年1組の(あおい)日向(ひゅうが)。風紀委員長を務めています」

葵、日向……。

3年1組ってことは隣のクラスだよね?

スラッと長い手足、真っ黒な髪、切れ長の目に黒縁メガネ。

全然見覚えがない……!!

パチパチと瞬きが止まらない私を見て、葵くんはふっと微笑んだ。

「ど、どうしてっ、私の名前を……?」

男の子ということに加えて風紀委員長という見えない圧に勝手に恐縮しながら、私は恐る恐る葵くんに問いかける。

「転校生は珍しいので、隣のクラスでもわかりますよ」

「あ、あぁ……」

そうだった。

私、自分が転校生ってことすら忘れてた……。

「それで、桜川さんはなぜここに?」

うっ……。

「えっと……」

なんて答えれば……。

ここでお昼ご飯食べようとしてた、って……。

転校初日に一人でこんな人気(ひとけ)のないところでご飯なんて反応に困るよね……。

「教室、居づらいですか?」

ーギクッ。

ば、バレてる……。

葵くんの言葉に顔を上げると、いつの間にか葵くんの顔は眉根を寄せて心配そうな表情に変わっていた。

「凛音たちのことが原因ですよね」

「えっ!?」

核心をついた葵くんの発言に私は思わず目を見開く。

なんでそこまで分かってるの!?

私の反応を見て図星だと悟ったのか、より眉根を寄せてしまった葵くん。

「僕が見かけた限りでもずっと凛音たちがくっついて回っていて……そのときの桜川さん、なんだか苦しそうに思えたので」

!!!!

私は慌てて顔を覆った。

嘘……私、そんなに顔に出てたの?

気をつけてたつもりだったのに。

「えっと、あの……林山くんたちが嫌いとかそういうんじゃなくて……」

逆に気がけて声をかけてもらえるのは、転校生の私にはありがたかったりもする。

……だけど──────────

「ちょっと一人にもなりたい……かな、って」

「確かに……彼ら、とくに凛音は強引なところがありますからね」

私は否定も肯定も出来なくて、葵くんに苦笑いで返す。

林山くんたちが強引なのは否定できないけど、断れない私も私だし……。

……ちゃんと言葉にできないところ、“あの頃”と何も変わってないな。

「男性が苦手な桜川さんには苦しいですよね」

「はい……」

うんうんと頷く葵くんの言葉に、私はゆっくりと顔を縦に振った。

……ん?

いま葵くん、“男性が苦手な桜川さん”って……。

「なっ、なんで……っ!」

「なんとなく、ですかね」

嘘……そんなところまでバレてるなんて……。

この短時間ですごい洞察力……。

「でも──────────」



眉根を寄せていた葵くんの困った顔は、いつの間にか申し訳なさそうな笑顔に変わっていた。

「桜川さんのお気持ちもお察ししますが、僕は桜川さんに教室に戻って頂きたいです」

「…………」

そ、そうだよね……。

空き教室に入れない今、このみ廊下で食べるわけにもいかないし……。

まぁでも、この時間ならみんなご飯食べ終わってるだろうし……大丈夫、かな?

私は渋々ながら教室に戻る決意を固めた。

「凛音たちのためにも」

「え?」

ニコッと微笑みながら意味ありげな言葉を発した葵くん。

“凛音たちのためにも”って、どういうこと──────────?
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