マリオネット★クライシス
開演10分前 渋谷区某雑居ビル・屋上
7月某日――梅雨は明けたはずなのに、バカンス気分には程遠い鉛色の雲が垂れ込める東京・渋谷。
路地に面した、とある雑居ビルの屋上に、その少女の姿はあった。
【スキッとシャキッと夏全開! サンビバレッジのトロピカル飲料シリーズは……】
【……サザンクロスホールより、ABC音楽祭がついに今夜生中継! 海外から話題のゲストが……】
【真夏のエンターテイメントはこれで決まり! 室内型大型海水プールはナイト営業も……】
駅前の大型ビジョンのCMだろう。
蝉の鳴き声や街の喧騒と交じり合ったそれらを聞き流しながら佇む彼女は、端的に言って、美しい少女だった。
白のワンピースからしなやかに伸びた足は長く、身長は同年代の平均より高め。
自然に下ろしたセミロングの茶髪は緩めのウェーブがかかり、湿気をものともせず軽やかに揺れている。
ややあどけない印象を与えるのは、ノーメイクのせいだろうか。
絶世の美女、となるにはあと数年ほしいところではあるものの、二重瞼と涙袋に縁どられた大きな瞳、トラブルとは無縁の白い肌やふっくらした桃色の唇は、そのままで十分人目を惹いた。
「大丈夫」
出し抜けに、少女が独り言ちた。
滑らかな眉間には今シワが寄り、白い頬には影が落ちている。
自分の身長より高い鉄柵を細い指で掴み、その隙間から外を覗く様子は、その思いつめた視線や表情も相まって、さながら檻に閉じ込められた異国の王女といったところか。
「大丈夫」
もう一度、彼女は口の中で繰り返す。
(そう、大したことじゃない。ただのセックスよ。みんなやってる。相手がお父さんより年上だとしても、それがなんだっていうの)
自分に言い聞かせるように二度三度と頷いた彼女だったが、それでも、チラリと過った思いが、その表情を一段と曇らせた。
(せめて……初めては好きな人とがよかったな)
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